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居心地のいい関係性がもたらす副作用

いつも読んでいるブログ、「隠居系男子」のこちらの記事を読んで。

『「SNSという空間は、諸刃の剣である」ということを肝に銘じる。』

いつも鳥居さん(@hirofumi21)の洞察の鋭さと、視点の構え方に感心しながら読んでいます。

この記事で鳥居さんは、「SNSは自分に都合のいい環境を作り出してしまう空間なんだ」と書かれています。
本当にその通りなのですが、これってSNSに限らず、日常のリアルな人間関係でもそうなのではないかと思いました。

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誰も自分の周りに敵を置かない

仕事では自分の好みや好き嫌いで、接する相手や上司・部下を選んだりは出来ません。
どれだけ気が合わなくても業務上必要であれば会話したり、仕事を進めるために協力し合う必要があります。
逆に、どれだけ気の合う相性の良い相手だったとしても、仕事上の接点がなければあまり意味はありません。

しかし、プライベートな人間関係となれば、出来るだけ気の合う、居心地のいい関係性を築こうとするはずです。
嫌いな人と友達になろうとする人はいないでしょうし、苦手な人からは離れようとするはずです。

これは言い方を変えれば、「自分にとって居心地の良い関係性、空間を作り出し維持する」ことです。
少し悪い言い方をすると、「害のない」関係性です。

人が感じるストレスのほとんどが人間関係からくると言われるくらい、そのウエイトが与える影響力は計り知れないのでしょう。
だから人は、言わば本能的に「より良き関係性」を求めるのです。

これは考えてみれば当たり前の話なのですが、ではそれだけでいいのかというと少し疑問が残ります。

鳥居さんもこう書かれています。

「ある程度フォロワー数がいて、批判的な意見が飛んでこなければ、自分の発言が正しいものであると勘違いしてしまうことは本当に容易いことです。」

時には反対意見の中に飛び込む

私は最近になってようやく、「自分とは異なる意見や、批判にさらされることにも意味がある」と思えるようになりました。
自分と同じような考え方や趣向の人達の中で、自分の意見を声高に叫んでもあまり意味がありません。
なぜなら、まわりの人も既に「自分と同じように」考えているからです。
同調が前提にある集団の中から生まれるものは、新しい視点でも発想の転換でもない、ただの「予定調和」です。

だから時には、自分とは全く異なる意見を持った人達との関係性の中で、自分の考えの正当性を主張することが大切なのだと思います。

そこに待ち受けているものは否定、批判、時には中傷さえもされるかもしれません。
でもそういったやり取りを経て、自分の考えや主張がどう変化するのか、ということに面白さがあるのだと考えるようになりました。

「なるほど、そういう考え方もあるのか」とか「そんな風に思う人が本当にいるんだ」とか、驚くことはたくさんあります。
逆に、そういった意見があって然るべきなのです。

自分の中にある確固たる何か

意見の異なる相手に対して、最終的に自分の意見に同意させることが目的ではありません。

大切なことは、批判や中傷にさらされても、それでも変わらない確固たる何かが自分にあるのかということです。

「あなたの主張はよく分かったし、理解もできるけど、それでもやっぱり自分はこう思う」と言えるかどうか。

自分の考えや思考を研ぎ澄ませるためには、あえて敵の中に突っ込んでいく勇気や無謀さも必要なのだと思います。

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