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何を書けばいいのか分からない、というのは書き手として失格だ

こうしてブログを書いていると、「何も書くことが浮かばない」ということがしばしばある。
そういうとき、私は途方に暮れることになる。
「さて、いったい何を書けばいいのだろう」と。

だが、「何を書けばいいのか分からない」というのは書き手が絶対に口にしてはならない言葉だ。

それは料理人が「何を作ればいいのか分からない」と言うようなものだ。
建築家が、「どんな家を建てればいいのか分からない」と言うようなものだ。
哲学者が、「何を考えればいいのか分からない」と言うようなものだ。
経営者が、「何をしたらいいのか分からない」と言うようなものだ。

否、それを考えるのがあなたの仕事なのだ。

冷蔵庫の中にある残り物のあり合わせでどんな料理が作れるかとか、
大きくはないけれど居心地のいい家とか、
人が誰しも一度は考えるけれど、誰も答えを教えてくれない素朴な疑問とか、
そもそも誰を幸せにしたかったのかを考えてみるとか。

何も大それたことをする必要なんてなくて、それよりはむしろ「一見何でもなさそうなこと」からどれだけふくらませていけるかだと思う。

あなたはこういうことを書けばいいんだよと、誰かに決められたことしか書けないなら、そこまでしてあなたが何かを「書きたい」と思う理由はなんだろう。

スタートは誰でも、「書きたいことを書きたい」なのではないのだろうか。

もちろん書き進めていくうちに、もっとたくさんの人に読んでもらいたいとか、もっと上手に書けるようになりたいという欲は出てきて然りだし、それは当然の過程だと思う。

でも、「何を書けばいいのか分からない」なんて平気で言えてしまう人は、そもそも「何も書く必要がない」のだと思う。

それはある意味、思考の放棄だ。

何もないし、どうすればいいのかも分からないけど、とにかく何か書いてみよう。

そういう建設的な姿勢が私は好きだし、そうありたいと思っている。

これは何も書くことに限らず言えることだ。

「知らない」「聞いていない」「指示されていない」という理由だけで、「何もしない自分」を肯定できてしまう人がたくさんいる。

そうはなりたくない。

暗中模索でいいから、自分から何かを知ろうとして、何かを始めようとする人間でありたい。

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