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スロベニアの哲学者、ジジェクのスピーチを読んで感動した

先日、いつものようにTumblrのタイムラインを眺めていたところある言葉がふと目に残った。

気になって引用元の記事へ飛んでみると、そこにはスラヴォイ・ジジェクというスロベニアの哲学者がOccupy Wall St. で行ったというスピーチの全訳が載っていた。

私は思わず釘付けになった。

そこには目の前で起こっていることを力強く、真摯に批判し、弱者を鼓舞しようとする一人の男の言葉があった。

ジジュクという哲学者のことは今まで知らなかったけど、純粋に感動した。

なので、ここで少し引用してみたい。

引用元記事:『ジジェクのスピーチを訳してみた』

”私たちは何も破壊してなどいない。私たちは単にシステムが自己破壊するのを目撃しているのだ。
誰でも知ってるマンガの定番のギャグ。ネコが崖にやって来るが、足の下に何もなくなってもそのまま歩き続けてしまう。そして、ふと下を見て気づいた途端、落っこちてしまう。
私たちがここでやっているのは、ウォール・ストリートの連中に「おい、下を見てみろよ!」言うことだ。”

”私たちはここで何をしているのか?共産主義時代のふるったジョークを一つ。
東ドイツからシベリアへ送られることになった男の話だ。手紙を書いても検閲官に読まれてしまう。
そこで彼は友人たちに言った。「暗号だ。もし私の手紙が青インクで書かれていたら、そこに書かれていることは本当だ。もし、赤インクで書かれていたら内容はウソだ。」
ひと月経って、友人たちは男からの手紙を受け取る。全部青インクで書かれている。内容はこうだ。
「ここではすべてが素晴らしい。店は質の良い食べ物でいっぱいだ。映画館では西側の良い映画をやってる。
アパートは広くて豪華だ。ただ1つ、赤インクだけは売っていないんだ。」
これは現在の私たちの生活そのものだ。私たちはありとあらゆる自由を享受している。
でも、ここには“赤インク”がない。私たちの〈非-自由〉を表現するための言葉がない。
私たちが教えられる自由を巡る言説―「テロとの戦い」とかなんとか―は自由を歪曲する。
あなたがたがここでやっていること。それはすべての人々に“赤インク”を与えることだ。”

”ひとつ危険がある。自己陶酔してはならない。確かにここで起きていることは素晴らしい。
でも、祭りは安っぽい気晴らしだ。重要なのはこのあと、日常生活に戻ってからだ。
何か変わるだろうか?この日々を振り返って「私たちは若くて、ビューティフルだった」なんて追憶に浸ってほしくない。
「私たちはオルタナティブを思考する自由がある」これこそが私たちの基本的なメッセージであることを忘れないでほしい。
このルールが破られたとしたら、私たちはあるべき世界に生きていないということだ。
しかし、道は遠い。私たちは真に難しい問題と直面することになるだろう。
私たちが欲しくないものははっきりしている。では何が欲しいのか?
資本主義に代わる社会機構とは?どんなタイプの新しいリーダーが必要なのか?”

”こんにち、可能であると考えられていることとは何か?
メディアを追ってみればいい。テクノロジーとセックスの分野においては、あらゆることが可能であると考えられているようだ。月に旅行することも、バイオジェネティックスの力によって死を克服することも、動物やら何やらとセックスすることも。
一方、社会と経済の分野においては、ほとんどあらゆることが不可能だとされている。
富裕層への課税を増やしたいと言えば、競争力を損なうことになるから不可能だと言う。
医療保険制度にもう少し金を回してくれと言えば「不可能だ。全体主義国家に通じる」と。
死を克服できると言いながら、医療保険に予算を割けないというのは、どこかが狂った世界だ。”

”優先順位をはっきりさせる必要があるかもしれない。
私たちが求めているのは生活水準を上げることではなく、生活を良くすることなのだ。
私たちをコミュニストと呼べるとしたら、それはコモンズ(共有財)に関心を持っているという一点に尽きる。
自然のコモンズ。知的財産の民営化のコモンズ。バイオジェネティックスのコモンズ。
これこそが、私たちが戦わなければならない唯一の理由である。
コミュニズムは確かに失敗した。しかし、コモンズの問題は今ここにある。”

”だから、私たちに必要なのはひとえに忍耐だ。
私が唯一恐れているのは、私たちがそのうち家に帰って、年に一度みんなで集まってビールを飲みながら「あの時はよかった」などと語り合うようになってしまうことだ。
そうはならないと自分自身に約束してほしい。
人は何かを欲しながら、それを手に入れようとしないことがよくある。
自分が欲しいものを手に入れるのを恐れないでほしい。どうもありがとう。”

以前に、「何かに満足してしまうような退屈な人生にはしたくない。」と書いたことがある。

参照:「どこにも出かけようとしない人間が嫌いなだけだ」

だから最後のパートにある、”私が唯一恐れているのは、私たちがそのうち家に帰って、年に一度みんなで集まってビールを飲みながら「あの時はよかった」などと語り合うようになってしまうことだ。”
という箇所がもの凄く理解できる。

現実に対する不満足を、過去への逃避でうやむやにしようとすること。
見るべきものを、見ようとしないこと。

また、別の記事で「目指す姿があるのに、そこに近づくことを自分で拒否している」とも書いた。

参照:「人は本当は変化なんて望んでいない? 高城剛「黒本」より」

ジジュクの言う”人は何かを欲しながら、それを手に入れようとしないことがよくある。”という箇所にもとても共感した。

今度この人の本買って読んでみよう。

またひとつ、素晴らしい文章に出会えた。

  

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