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時には愚直に何かに取り組むということ

先日このような本を購入した。

書くだけで自分が9割変わる

このタイトルを見てどう思うだろうか。
私は、何とも胡散臭くて自己啓発的でそしてどこかで見たようなタイトルだなと思った。

「書くだけで自分が9割も変わるもんか」と思った。

しかし、私はこの本を購入した。
なぜなら、今の私は「書く」という行為が人にどのような影響を及ぼし、その結果どのような変化が起こりえるのか、ということをとことん追求してみたいと考えており、それを自分事として体験したいからである。

だから(本当は少し迷ったのだけれど)、一種の自己トレーニングとしてこの本に書かれていることを実践してみようと思ったのだ。

本書の内容は別の記事で詳しく紹介しようと思っているので、今日は別の視点で感じていることを書いてみたい。

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「こんなことして意味あるんだろうか」と考えだすと何も手につかなくなる

例えば毎日日記を付けたり、目標を紙に書き出してみたり、ランニングしてみたり、何かを継続していく上で必ず抱くことになる疑問が、「こんなことして本当に意味あるんだろうか」という問いである。

特に、なかなか効果を実感できていない時にはこの問いはまるで楔のように自分の脳裏に突き刺さって離れない。

「どうして自分はこんなことしているんだろう」

そう思い出したが最後、意識はどんどん「やらなくてもいいじゃないか」という自己肯定へと行き先を変え、その為の理由探しが始まる。

そういった負の感情を断ち切るためには、とことん「愚直」になる必要がある。

やる前から「やる意味」なんて探さない。
なんだか知らないけれど、「毎日書く」ということがいいらしいぞ。
と聞いたらとにかく始めてみる。
どれくらいの効果が望めるのかとか、どれくらいの期間続ければいいのかとか、何も考えない。

とにかく愚直に、ただやってみる。やり続ける。

この「愚直さ」というのが、何かを始めたり、それを継続していく上でとても大切なんじゃないかと思っている。

結局こういうことって、効果を出すための方法や取組み方というものがもちろん存在するのだろうけど、一番ベーシックな部分で重要になるのは、その人がどういう心持ちでそれに立ち向かうのかということだと思う。

つまり、本当に何かを真剣に学ぼうという姿勢で取り組んでいれば、どのようなことからもその人は何かを学び取っていく。
方法論やノウハウなんてものはその上で初めて効力を発揮するものなのだ。

だから私も、書くだけで自分が変わるのならばやってみようじゃないか、という気持ちで始めることにした。

やる前からやらない理由ばかり探して何もしない人よりも、傷ついたり転んだりしながらも前進し続けようとする人でありたい。

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