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いつもと同じことを、いつもと違う場所で行うことの難しさ

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HOME SWEET HOME。
3日間の博多滞在を終え、帰りに大阪に立ち寄ってMATCHAの関西ライターの方々とお会いしてきました。
私は割りと人見知りする方なのですが、あまり緊張することなく話ができ、楽しい時間を過ごすことが出来ました。
MATCHAという、既に共有している目的があるからなのか、自然に打ち解けることが出来たと思います。

そして今日は、もうすぐしたら日本中を巡る旅に出るという女の子とランチを食べてきた。
私は、旅に出たいという人は無条件に応援したくなる、いささかおせっかいな性格なので、自分の経験も踏まえて、何かアドバイス的なものが出来ればなと思っていた。

しかし、彼女との会話の中で、逆に自分がふと気付かされることがあったので今日はそのことを書いてみたい。

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旅に出ても、淡々と日常を送りたい

旅に求めるものは人それぞれで、そのスタイルも、価値観も千差万別だろう。
そこに新しい世界を求め、貪欲に何かを吸収していくような旅から、日常から離れ、つかの間の休息を得るための旅まで、本当にさまざまだ。

でも、彼女がその旅に求めているものは少し違った。

「わたし、あれもしたい、これもしたいとか、ここも行きたい、あそこも行きたい、って言うよりは、いつもと同じ毎日を、いろんな場所で送ってみたいだけなんです。
朝早くに起きて、何か思ったことを書き留めて、美味しいご飯を食べて、ぐっすり眠る。
そういう毎日を、ただ淡々と送りたいんです。
そのためにはまず、生活を朝型に変えなくちゃいけないんですけどね。笑」

「うん、それはとても素敵なことだと思うし、旅に出たから何かをしなくちゃいけないっていうことはないと思うよ。」と私は言った。

そして、自分でも深く考える前にこう言っていた。

「でも、いつもと同じことを、いつもと違う場所でするのって、実は結構難しいよね」

これはむしろ自分に向けられた言葉だった。
なぜなら、私は今回の博多滞在で、言葉にはせずとも同じことをずっと考えていたからだ。

日常をルーティーン化すること

いつもと同じことを、いつもと違う場所で行う為には条件がある。
それは日常がある程度ルーティーン化されていることである。
例えば、毎朝決まった時間に起き、毎朝ランニングをするとか、毎晩ブログを更新するとか。筋トレするとか、読書をするとか、その人が日常的に行っている反復運動(いつもと同じこと)がなければならない。
毎朝違う時間に起き、毎日違う場所に行き、毎日違うことを行っている人にとっては、「いつもと同じこと」というものがそもそも存在しない。(その中に自分なりのルーティーンを組み込むことは可能だろうが)

「ルーティーン化された日常」と言うと、「決まりきった、面白みのない日常」のように聞こえるかもしれない。
しかし、ある行動をルーティーンとして日常に組み込むことは、日々の生活のリズムを保つ上でとても重要だ。それが次の行動への「トリガー」となるからだ。

例えば、朝起きたら歯を磨く。
この「歯を磨く」という行動が次の行動(例えば着替える、部屋の窓を開ける、PCの電源をつける)へのトリガーとなる。
こういった、行動→次の行動の繰り返しによって、生活にリズムが生まれてくる。

環境に左右されない「芯」を自分の中に持つこと

しかし、一旦作り上げた生活のリズムも、環境が変わると一気に崩れてしまうことがある。
普段と食べるものが変わったり、寝る場所が変わったり、いつも手元にあるものが無かったり。

そこで前述した「日々のルーティーン」を、いかに自分の中に「芯」として強く持つことが出来るのかということが大切になってくる。
逆に言えば、そのルーティーンさえこなしていれば自分を見失わずにすむ、というものを日々のルーティーンに設定するべきなのだ。
そのルーティーンを行うことにより、「自分はこなすべきことをこなしている」という実感を持つことが出来るもの。

どこにいても、自分はこれだけのことを取り敢えずやっていればいいんだ、という「芯」を持つこと。

日常を淡々と送るためには、その「芯」を持つことがとても大切なのだと気付かされた1日だった。

関連記事:「強い者が生き残るのではない。変化に適応できるものが生き残るのだ。

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