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お金で幸福は買えないが、不要な不幸は回避できる

「お金で幸福は買えるのか」という問いは、もはやありきたりで面白みのないものなのかもしれない。
飲みの席で真顔でこんな質問をしたら、笑われてしまうかもしれない。
「お金で愛は買えるのか」という問いと、あまり変わらないのかもしれない。

個人的な考えを先に言うと、記事タイトルの通りとなる。

お金で幸福は買えないが、不要な不幸は回避できる

まず、幸福について議論するためには、「幸福」というものが定義されていなければならない。
しかし、幸福というものは定義が曖昧で、実体がなく、またあまりにも個人的だ。
だから、「幸福とは」ということを一般論として語るのには無理があるのかもしれない。

大きな家に住むこと、高級車に乗ること、海外に住むこと、結婚すること、大好きなものばかり食べて暮らすこと、働かずに生きていくこと、世界中を旅すること…

自分にとって幸福とはなにか、ということが自分の中に存在しなければ、「お金で幸福は買えるのか」という問いに答えることは出来ない。
「お金で幸福は買えるか」という問いと、「自分にとっての幸福とはなにか」という問いは表裏一体なのだ。

だから、「買えない」と書くと語弊があるかもしれない。
なぜなら、その人にとっての「幸福」がお金で買えるような「幸福」であるかもしれないからだ。
そして、お金で買えるような幸福も、お金で幸福を買うことも、どちらも悪いことではない。

私は自分に問いかける。
お金があればお前は幸福になれるのかと。
そもそも、お前にとっての幸福とは何なんだと。

私は未だに、この問いに対して明確な答えを持っていない。
もちろん、お金によって自分の可能性が広がり、生きていくことを容易にするであろうことは理解できる。
だから、お金で幸福が買えると主張する人がいても不思議ではないし、反論もしない。

逆に確信していることは、「お金があれば不要な不幸が回避できる」ということ。
一番分かり易い例で言うと、「病気」だ。
自分や家族、自分の大切な人が病気や怪我をした時、必要なのは身も蓋もなくお金である。
お金がなければ必要な薬が買えないし、適切な治療が受けられない。
「お金さえあれば…」という身も蓋もない事実を突きつけられる最もわかり易い例が、医療だ。

他にも、事故を起こした時や、何かトラブルに巻き込まれた時など、好ましくない状況や環境を回避したり抜け出したりするためにもお金は必要だ。

お金で何かを解決することがあまり好ましくないことだと考える人もいるのかもしれないけれど、お金で解決できることはお金で解決したほうがいい、と私は考えている。
そして、お金さえあればこんな思いはしなくてもよかった、という状況も見てきたし体験してきた。

だから私は、お金で幸福が買えるのではなく、しなくてもいい苦労や、味わう必要のない不幸を回避できるから幸福に近づくのだ、と考えるほうがしっくりくる。

お金があれば幸福になれると、きっと多くの人は考えるのだろう。
だがそれは、誰もが幸福を求めているけれど、それが曖昧で、単なるイメージでしかないことの、何よりの証拠であるように思う。

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