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理想の職場とはどんなものかを考えてみた

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 今日仕事をしていてふと、自分はどういう職場で働きたいんだろうと思った。仕事の内容ではなく、働く環境の話である。

「あなたが職場に望むものは何ですか?」と聞かれれば、何と答えるだろうか?

福利厚生がしっかりしていること?
会社の名前が知られていること?
有給休暇が取りやすいこと?
土日祝日が休みなこと?
社屋がきれいなこと?
食堂のご飯が美味しいこと?
上司が威張らないこと?

 私はこういったものはすべて、オプションのようなものだと思っている。「無いよりはあったほうがいい」というものだ。まず自分がそこで何をするのかということが先にあって、それをよりやり易くするために必要なものが、職場に求めるものである。

 私の答えは、切磋琢磨できることである。

 ある程度の規模の会社であれば、同じ会社内でも部署によってその体質や意識のレベルに大きな差があることは珍しくない。今日のエントリを書こうと思ったのは、今日職場で、ある光景を目にしたからだ。

 隣の部署で、数人のグループがミーティングを行っていた。ミーティングと言っても、定例報告のようなかたちで、立ったまま現状や進捗の報告、これからすべきこと、その他の連絡事項等を言い合う場である。
 そこでは、上司が的確な指示を出し、明確な目的を示す。それに対し、部下もしっかりと意見を言い、問題点は臆せず打ち上げる。真剣な話し合いの場なのだけれど、そこには不思議と、和気あいあいという言葉がしっくりくるような雰囲気が出来ていた。問題提起はするが、文句ではない。指示はするが、命令ではない。

 私はその光景を近くで見て、純粋に羨ましいと思ってしまったのだ。「ああ、自分もああいう環境で仕事をしたいな」と思ったのだ。これは裏を返せば、今自分がいる環境がそうではないということでもある。

 ただ単に、となりの芝生が青く見えているだけだろうか?今の仕事に不満があるから、無いものねだりをしているだけなのだろうか?

 目の前の仕事を精一杯、最大限の力で取り組むということは、当たり前の話である。そこには環境もなにも関係ない。やるかやらないか、だけである。
 けれども、真剣に取り組んだ上で、ふと周りを見渡すと自分と同じように仕事に真剣に向き合う同僚がいて、その仕事に明確なビジョンと価値を示してくれる上司がいれば、それはずいぶんと違ったものになるのではないだろうか?

 なんだか書いていてとても他力本願な感じがしてきたのだけど、うまく表現できない。要するに私はある種の「真剣さ」のようなものを求めているのだろう。

 同好会に入ってサッカーをするより、プロを目指す集団の中でプレイしたほうが、自分により良い影響を与えるのではないか。私は職場にも同じようなものを求めているのだろう。

 会社員を続ける限り「職場」という環境の中で人生の大半を費やすことになるのだから、よりレベルが高く、ポジティブで生産的な環境に身を置きたいと思ったのだ。

 もし今自分のいる場所がそうではないと感じるのであれば、適応するか、行動するか、どちらかしかない。

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