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何かを待っているだけの人には、結局何もやってこない

 昨日ドイツから帰国しました。「とにかく寒かった」という強烈な印象を私に残したドイツですが、やっぱりドイツビールは美味しかったです。ただ、寒さとあいにくの雨で、自分でもびっくりするくらいテンションが上がらないまま旅先での日々を過ごしました。「ドイツどうだった?」と聞いてくる人達にはとりあえず「寒かった」と答えています。

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 滞在した5日間のうち4日間は雨だったので、あまり外を出歩くことも出来ず、夜は早々とホテルに引き上げてラウンジでビールを飲みながらサッカーを観戦していました。準決勝はリアルタイムで観戦し、ドイツの勝利に沸く宿泊客やホテルの従業員をどこか他人事のように眺めていました。(実際他人事なのですが)
 
 私は旅先で孤独感を感じることはほとんど無いのですが、今回のドイツ旅行に限ってはなぜかセンチメンタルな気分に陥ることが多く、ヨーロッパって1人で来るところじゃないのかなーなんてことをぼんやりと考えていました。きっとこの寒さと雨のせいだ!と勝手に決めつけ、灼熱の国でも孤独感を感じることなんてあるんだろうか、などとどうでもいいことばかり考えたり。
 
 私が行ったのはドイツ南部、バイエルン州最大の都市であり州都でもあるミュンヘンという街。雰囲気としてはオーストラリアのメルボルンに近いものを感じましたが、やはりドイツ。走っている車が見事にベンツやBMWやフォルクスワーゲンばかりで、タクシーまでベンツでした。信号待ちでベンツやBMWがずらっと並ぶ光景は見ていて楽しいというか、おぉ〜という感じでした。

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 石畳に教会、トラム(路面電車)や露天の果物屋さん、噴水が広がる広場など、歩いているだけでその風景をただ楽しむことが出来ました。休憩がてらビールをすすり、お腹が減ればソーセージを齧って、また傘を差し歩き出す。そんなふうに過ごしていると、ふと「自分は何のためにドイツまでやってきたのだろう」という疑問が浮かんできました。自分は何を求めてドイツまでやってきたのだろう、と。
 この手の問いかけはやっかいです。というのも、こういった問いには明確な答えが無いからです。明確な答えを必要としていない問い、とも言えるかもしれません。「自分はなぜ生まれたのか」みたいな問いと同じで、その問いを持つこと、その問いに対峙している自分に対するある種の自己充足のようなもので、最初から答えを出すことを目的としていないのです。
 
 しかし、なんせ私には時間だけは余るほどあったので、そのときなりに答えを出してみました。そして、こういう結論にたどり着きました。
 大切なことは、自分が今、確かにドイツに来ているということだ。自分の足でここまで辿り着き、確かにドイツの地を踏み、そこで紛いなりにも1日1日を過ごしているということだ、と。
 
 向かう先には何も無いかもしれないし、ただ徒労感に襲われるだけかもしれない、楽しいことなんて何も無いかもしれない、でもそれでも、自分は何かに向かおうとしている、そのために行動している。そのことを確認するために、自分はわざわざドイツまでやってきたのだと。
 
 何かを待っているだけの人には、結局何もやってきません。何か面白いことないかな、どこかにいい仕事ないかな、どこかで素敵な異性に巡り合わないかな、宝くじ当たらないかな、と、何かが「起こる」のを待つばかりで、自分からなにかを「起こそう」としない人には何もやってこない。そんな「棚ぼた」に期待し続ける人生なんて嫌だ。
 
 何かに「飢える」ことと、何かを「探し続ける」こと。
 今回のドイツ旅行も、そのプロセスの一部でしかなかったのだなと、帰国の途につく飛行機の中で考えていました。

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コメント

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