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金銭的利益以外の価値観を持つためには、金銭的利益がなければならない

 もうこのブログで何度も紹介している、村上龍の「無趣味のすすめ」。

参照:
・「目標を持つということは憂鬱なことである
・「ビジネスにおける文章
・「年齢というエクスキューズ
・「相手の立場になって考えるということ

 今日は、その中の「社会貢献と自立」という章を紹介しつつ、自分の考えを書いてみたいと思う。

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社会に貢献する主体は「自立」していなければならない

社会貢献はむずかしいことではない。その気になれば、個人でも、企業や組織でも、いつでもどこでも「社会」に「貢献」できる。ただし、一つ条件があるのではないかと思う。

社会に貢献する主体は「自立」していなければならない。個人の場合は、一人で生きていける経済力がなければいけないし、企業は利益を出していなければいけない。
どんな人でも、社会に役立つことはできる。公園で寝起きするホームレスでも、ゴミを拾ったり花壇の雑草を取ったりベンチを掃除したりできる。
だが、公園を掃除するより、仕事を見つけて社会に復帰するほうが社会にとっては価値が大きい。

 相変わらず、村上龍らしい身も蓋もない言い方だが、これは、「お金以外の価値観」というものを考える際にとても重要な指摘をしているように思う。

金銭的利益以外の価値観を持ち、社会貢献につながる仕事がしたいいう人は年齢に関係なく増えていて、繰り返すが、それはもちろん良いことだ。
だが、金銭的利益以外の価値観を持つためには、金銭的利益がなければならない。

日本航空を例に例えよう。日本航空は、今でも、やろうと思えば社会貢献としての活動ができるだろう。だが、誰も今の日本航空に社会貢献活動など望んでいない。
銀行に再建を放棄してもらい、税金を投入されなければ潰れてしまうような情けない状況では、社会貢献もへったくれもない。

 村上龍がここで書いているのは「社会貢献」についてだが、仕事に、人生に求める「金銭的利益以外の価値観」というものを考える際にも、同じことが言えるのではないだろうか。

やりがいや、充実感の前に必要なこと

 「プア充」という言葉があるそうだ。これは、貧乏な状態でも充実した人生を送れるという考え方を持ち、実際に実践している人たちのことを指すそうだ。

リンク:「年収300万でも幸せ?話題になる「プア充」という生き方と価値観(NAVERまとめ)

 人生に求めるものは人それぞれだし、実際に彼ら・彼女らはお金が無くても幸せなのかもしれない。だが、やはりどうしても違和感を感じてしまう。

 例えば、ブラック企業のように、最低賃金同様の低収入で、過酷な労働を強いる企業で働く若者が、「仕事は、人生はお金だけではない」という価値観を持つことは可能なのだろうか。

 例えば、生活保護を受けるほど生活に困窮している人たちが求めるものは、「やりがいのある仕事」なのだろうか。

 例えば、明日食べるものにも困るような国に住む人々が、「世の中には、お金では決して得られないものがある」という概念を理解することは可能なのだろうか。

 私は決して、そういった人たちが仕事や人生に、「やりがい」や「充実感」のような「金銭的利益以外の価値観」を求めてはいけないと言っているわけではない。ただ、村上龍が言うように、前提条件があるように思う。

 それは、ひとりで生きていけるだけの経済的、精神的自立を果たしていることだ。
 最低限の金銭的利益すら確保出来ていない状態で、「やりがい」や「充実感」を求めてしまうと、どちらも手に入らなかった時にたちまち困窮にあえぐことになる。

 自立できている個人が、取り敢えず生きていけるだけの収入を得ている状態で、初めて「お金は生きていく上で非常に重要なものだけど、もしかするとそれだけではないのかもしれない」という疑問を持つことが出来るのではないだろうか。

 金銭的利益以外の価値観とは、金銭的利益を確保した上で初めて有効に作用するものだと思う。

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