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当たり前の話だけど、自分が知っていることを相手も知っているとは限らない

 専門用語や略語など、ある特定の組織や地域、集団の中でしか通用しない言葉ってありますよね。そういった言葉は、コミュニケーションや意思の伝達を効率化する上で非常に有効な役割を果たしているのですが、同時に気をつけなければいけないこともあります。

 最近、職場でそのことを強く意識することがあったので、今日はそのことについて書いてみたいと思います。

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専門用語や略語を理解するためには、前提知識が必要

 「専門用語」をWikipediaで調べてみると、以下のように記述されています。

専門用語(せんもんようご)とは、ある特定の職業に従事する者や、ある特定の学問の分野、業界等の間でのみ使用され、通用する言葉・用語群である。テクニカルターム(英語 technical term)とも言われる。

 これは、誰もが使用する言葉ではなく、ある閉じられた世界でのみ通用する言葉だと言えます。つまり、その「閉じられた世界」に居ない人に向かってこのような言葉を使っても、相手にはさっぱり意味が分からないということ。専門用語や略語というのは、ある前提知識や文脈を共有するもの同士が使用することで初めて有効に作用し、コミュニケーションや意思の疎通を円滑にすることが出来るのです。

 同じように、専門用語とは呼べなくても、ある社会や組織、グループの中だけで慣用的に使用される言葉というのもあります。例えば社内で使用しているシステムの名前や、関連会社名、業界特有の言い回しなどもそうでしょう。
 自分たちは日常的に使っている言葉だけど、それは自分が属する組織や集団の一歩外へ出ると全く通用しない、ということはよくあることです。

 英語の略語に、「FYI」というものがあります。これは「for your information」の略で、「参考までに」という意味で使うものです。これは個人的にすごく便利な略語だと思うのですが、この言葉の意味を知らない人に「FYI」とだけ書いてメールを転送しても、相手は困惑するだけです。
 以前、資料に「TBA」とコメントされていてるものがありました。私はその言葉の意味が分からず、先方に問合せたところ、何と相手もその言葉の意味を知らなかったということがありました。(TBAは「to be announced」の略で、「別途連絡」の意味でした)

 このように、私たちが普段何気なしに使っている言葉にも、誰にでも通用するような「開かれた言葉」と、特定の人たちにしか通用しない「閉じられた言葉」があるのです。

伝えるということに、誠意を尽くすこと

 普段仕事をしていると、この「開かれた言葉」と「閉じられた言葉」を、ごちゃ混ぜにして使っている人をよく見かけます。電話やメール、資料などでも、「その言葉をその相手に言っても分からないだろう、いくらなんでも」と思うことがよくあります。
 そういった人たちを見ていると、「自分の知っていることは相手も知っているはずだ」「俺が知っているんだからお前も知っているだろう」という、そのある種の傲慢さはいったいどこからやってくるのだろうと不思議になります。

 当たり前の話ですが、自分の知っていることを相手も知っているとは限らないのです。

 何かを相手に伝えるというときに一番大切なのは、「こういう言い方、表現では伝わらないかもしれない」という危機感を持ち、「自分の情報と意思を相手に伝えるためにはどのような言い方と表現がベストなのか」を考えること、すなわち謙虚になることだと私は思います。

 一方的にボールを投げつけて、「理解してくれ」では、何も伝わりません。受け取った相手はもしかすると、「どういう意味ですか」と聞き返すのをためらい、「理解したふり」をしてしまっているかもしれない。そんな風に、受け取った相手に気を使わせてしまうコミュニケーションほど最悪のものはありません。だからこそ、発信する側の謙虚さが何よりも大事なのだと考えています。

 村上龍の「ヒュウガ・ウイルス」という作品の中で、非常に印象深いフレーズがあります。(本書の詳しい内容はここには書きませんが、「五分後の世界」の続編でめちゃくちゃおもしろい小説です)

あなたはロシアンマンボと言わずに常に筋収縮発作という言葉を使うがそれはなぜか、という質問にオクヤマは次のように答えた。
ロシアンマンボという呼称は狭い範囲でしか理解できない符牒(ふちょう)だ、それに慣れてしまうと連絡範囲が拡大した時に混乱が起こる場合がある…

 コミュニケーションというのは、発信者と受信者、両方が理解してこそ成り立つものです。そのために必要なことは、相手や状況によって使う言葉や表現を変化させる柔軟さと、誠意を持って相手に伝えようという謙虚さだと思います。

相手の立場になって考えるということ
以前、『優しい人ではなく、優しくあろうとする人が一番優しい』というエントリーで、「自分がされて嫌なことは他人に絶対しない」という、ある種の自...
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