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ハバナ・モード。村上龍とキューバ

 キューバという国名を聞いて、どんなことを思い浮かべるだろうか。
 チェ・ゲバラ、フィデル・カストロ、社会主義、モヒート、アメ車、葉巻、レゲエ…だいたい皆、同じようなイメージを思い浮かべるのではないだろうか。キューバという国は、日本人にとってそれほど馴染みの深い国ではないし、何よりも遠い。地球の裏側だ。旅行に行こうとなったときにキューバを候補に挙げる人は、よほどの物好きと言ってもいいかも知れない。

 だが、先日友人と飲んでいたときに、「よし、今度キューバに旅行に行こう!」とえらく盛り上がった。なぜキューバになったのか、今となってはよく思い出せない。「次に行くならどの国がいいか」という話をしていたことまでは覚えているのだけど、キューバと言い出したのはその友人かもしれないし、私かもしれない。ひとつ間違いの無いことは、半分は酒の勢いだったということだ。

 ただ、私はその気もないのに「キューバに行こう」などとひとりで盛り上がったわけではない。私は自分なりに、キューバという国に対して少なからぬ興味を抱いている。

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村上龍とキューバ

 村上龍のファンであればご存じの方も多いかと思うが、彼は自分でキューバ音楽のプロデュースやコンサートの主催を行うほど、キューバ音楽に傾倒している。そのことは以前に紹介したエッセイ、「すべての男は消耗品である」にもよく登場するエピソードだ。

参照:「村上龍エッセイ集「すべての男は消耗品である。」完全版が電子書籍で発売開始

リンク:「村上龍プロデュース Ryu’s Cuban Night 20th Anniversary LIVE!

 このエッセイのVol.8のタイトルが、「ハバナ・モード」である。キューバのことや、それにまつわるエピソードなどは他の巻でもたびたび書かれているが、この巻はそのなかでもとりわけ「キューバ色」が強い。この「ハバナ・モード」の中で、私が特に気に入っている箇所をいくつか紹介したい。

わたしは絶望的な気分でハバナの海岸を一人で散歩しながら、こういうときキューバ人だったらどうするだろうか、と考えた。
キューバ人だったら、まず、心のもっともベーシックな部分で、「何とかなるだろう」と楽観するだろうと想像し、それにならおうと思った。それは、必ず何とかなるとたかをくくって安心してしまうことではない。あきらめるという選択肢を消し、リラックスするためにとりあえず心の状態をポジティブに保つというようなことだ。
そしていったいんリラックスしたあと、キューバ人は危機の回避やプロジェクトの実行に向けて猛烈な努力を始める。できることから一つづつやっていくわけだが、その仕事・作業には、「何とかなるだろう」という曖昧でポジティブな態度とは対極の緊張と集中が必要になる。


何とかなるという前提とこのままではダメだという絶望が同居して、その二つを近づけ混在させるためにあらゆる努力が必要だという考え方は、この日本社会にはほとんどない。


だが当たり前のことだが、何とかなるだろうという曖昧でポジティブな前提と、このままではどうしようもないという絶望の間に、わたしたちの努力のすべてがある。
そして実は、曖昧でポジティブな前提と救いのない絶望の広大な乖離から個人としての希望のようなものが生まれる。
またその断崖のような乖離からジャンプすることが、逆に努力のモチベーションとなり得る。


 彼のこのような考え方が、キューバに行くことによって備わったというわけではないだろう。しかし、少なからぬ影響をキューバという国とキューバ人から受けたであろうことは、エッセイに書かれた文章からしっかりと読み取ることができる。
 「キューバは強烈だ」「キューバにいると日本のことはどうでもよくなる」などと(たぶん書いていた)村上龍が書いていたら、そりゃちょっとは行ってみたくなる。だから実は、私がキューバという国名を聞いて真っ先に思い浮かべるのは「村上龍」なのである。

憧れに投影する旅

 そんなふうにして、酒の席で唐突に湧き上がった「キューバに行ってしまえ」旋風は、その爪痕をしっかりと私の中に残していった。そしてそれは、日に日に具体的な形を、実際的な行動を要求するようになった。要するに、私は「ほんとうに」キューバに行ってみたくなったのだ。
 村上龍の言う「ハバナ・モード」なるものを、自分自身で実際に感じてみたいと思うようになった。こんな風に、憧れの対象を追いかけるような旅も悪くない。この国で、村上龍はどんなことを感じて、どんなことを考えたのだろうと、「実際にその場所まで行って」考えてみるのだ。言うなれば、憧れに自己を投影する旅だ。

 もちろん、その他にも楽しみなことはある。キューバといえば、古き良き時代の象徴とでも言うべきアメ車が走っているし、モヒートだって美味しいと感じるかもしれない(あまり好きではないのだ)。アメ車乗って、葉巻吸って、モヒートを飲んで、カリブ海に沈む夕日を眺める。

 そういう光景を想像するだけで、生きていくための意思のようなものが、少しづつ湧いてくるような気がする。きっと人生には、そういうものが絶対に必要なのだ。

 村上龍とキューバ、こうしてみると、意外な組み合わせだ。

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