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毎日ひとつ、何かを捨てる生活始めます

 先週の金曜日から日曜日にかけて、東京に遊びに行ってきた。オーストラリアで仲良くなった友達が東京に住んでいて、彼のところに泊めてもらった。色んなところに友達や知り合いがいると、泊まるところを融通してもらえるので本当に助かる。
 なんなら、「よく来たね」ってご飯までご馳走してくれたりする。関西から九州にしょっちゅう出かけていた自分からすると、東京は「近所ではないけれど、別に遠くもない」という距離感なので、「ほんとよく来たねー!」と言われると、少し変な感じがしてしまう。「遠い」と感じる距離が、だんだんと伸びているような気がする。

 どこかに旅行に出かけるたびに、いつも感じることがある。それは、自分はまだまだたくさんのモノに囲まれているということ。もう少し正確に言うと、たくさんの”不必要な”モノに囲まれている。

 出発する前は、自分なりに最低限必要な物をリストアップし、パッキングしていく。EVERNOTEに「国内旅行に必要な持ち物」のリストを作ってあるので、そのリストを見ながら、ひとつひとつチェックを入れていく。リストに無いけど持っていくものといえば、移動中に読む本くらいだ。しかし、いざその荷持を抱えて旅行先を歩いていると、だんだんとその荷物が邪魔になってくる。必要最低限のものしか持ってきていないはずなのに、バックパックの中身は”不必要なモノ”で溢れかえっている気がしてくる。
 もちろん、そんなことはない。持っていったものはすべて使用したし、実際不必要なものは何も無かったように思う。(強いて言えば、今回読書はすべてiPadで済ませたので紙の本は不要だった)

 けれど、私の頭のなかにはずっとこんな言葉がぐるぐると駆け巡っていた。

 「もっと減らせないのか?

 これはすなわち、自分が「最低限必要だ」と思うモノの量、その基準値をもっと下げることはできないのか、ということ。例えば、今回は友人宅に泊めてもらったので、友人宅に当然あるであろうモノは持ち物から省くことができたはずだ。また、「それがないと本当に困るのか?」という再検証も必要だ。今回の持ち物はすべて使用したけれど、それは「持って行ったから使用した」だけではないか?それが無ければ、「本当に困った」のか?ということ。

減らせば本当に必要なものが見えてくる

 必要/不必要のいちばん簡単な判断基準は、「それが無くて困った」という体験、実際に発生したニーズをベースに考えることだ。これは以前、会社の勉強会で外部のコンサルティングの方が仰っていたこと。例えば、自社の製品を製造するラインで、無駄を見極める方法としてこんな説明をされた。

 「まず、人も設備も、徹底的に減らしてみる。その徹底的に減らした状態で生産してみるとどうなるか。困るだろう?その困ったところが、改善するポイントなんだ。減らしても困らなかった、何とかなったというところは、もともといらないところなんだよ

 私はこの話がとても印象に残っていて、東京にいるときにふと思い出したりした。

 製造業では、モノがただそこにある、保管する必要がある、所有する必要があるというだけで、それらをすべて「コスト」だと考える。使用していないものでも、それを保管するスペースが必要ならばそれは立派な「コスト」なのだ。

一度とことん減らしてみよう

 というわけで、私も一度モノをとことん減らしてみようと思う。一度にたくさんやると大変なので、「毎日最低ひとつ、何かを捨てる」という生活を始めてみることにする。

 No second lifeの立花さん(@ttachi)も『小さな「断捨離習慣」、はじめます♪』というエントリーで書かれていたけれど、まずは「使わないけれど何となくあるモノ」を集中的に減らしていこうと思う。(タイトルが似てしまったけど、気に入っているので変更しない)

 私たちは、何かを手放そうとするときに「必要か、不必要か」といった表面的な基準で判断することは難しい。なぜなら、そこには必ず「愛着」や「執着」があるからだ。愛着や執着は、その人の物語だと言ってもいい。そこにあるのはただの「モノ」にあらず、それにまつわるストーリーが存在する。だから、使わないと分かっていてもなかなか手放すことができないのだ。

 何かを捨てるということはすなわち、愛着や執着を手放すということ。新しい何かを手に入れるためには、まず自分が身軽になる必要がある。そのためには愛着にも執着にもとらわれず、「今、何が必要なのか」を見つめ直さなければならない。自分がどこまで身軽になれるのか、どこまで執着を捨てられるのか。一種の自己実験として「捨てる生活」を始めてみようと思う。

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