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イケダハヤト氏絶賛。家無し生活中の坂爪さんにお会いしてきた

 『まだ東京で消耗してるの?』というブログでおなじみ、イケダハヤトさん(@IHayato)が以下のエントリーで紹介されていた、坂爪圭吾さん(@KeigoSakatsume)という男がいる。

参照:『社会不適合者で悩んでいる?こんな社会に適合してどうするの?』、『坂爪圭吾さんのブログ「いばや通信」がロックすぎて悶絶する

 坂爪さんは今、家無し生活を送っている。新潟を拠点にテント生活を続け、講演やイベントに呼ばれると県外に出かけていく。行く先々では、様々な人の親切にあやかり、食事や泊まるところにも今のところ不自由していないそうだ。「家を失ったことで、逆に家が増えた」とまで仰っている。

 イケダさんのエントリーで坂爪さんの存在を知り、彼のブログ『いばや通信』を読んで、一気に坂爪さんという人間に興味を持った。私は基本的に、”ぶっ飛んでる”人が好きなのだ。彼がどんな風にぶっ飛んでいるのかは、イケダハヤトさんのエントリーと、坂爪さん自身のブログを読んで頂きたい。これとか。

参照:『世界を変えるのではなく、世界を増やす。 ー 『正解を答える』優等生的な生き方ではなく『正解を増やす』アウトサイダー系の生き方をしよう。

 その坂爪さんが神戸に来るという情報を、Facebook経由で得た。

 なんでも、岡山県で講演をした後、神戸にて「坂爪を囲んで弄る会」なるものを開催するとのこと。その投稿を見た瞬間、「これはもう行くしかない」と条件反射的に、半ば勢いで申し込みのボタンを押した。そして去る11/1に、神戸にて実際に坂爪さんにお会いすることができ、貴重なお話を聞くことが出来た。その内容を、忘れないうちに備忘録として書いておこうと思う。

 当日は、坂爪さんを含め10人ほどの小さな集まりとなった。皆、坂爪さんのことを事前に知っていて、興味を持っている人たちばかりだ。そんな方々と、質疑応答のような形で坂爪さんにさまざまな質問をぶつけたり、坂爪さん自身が今思っていること、感じていることなどを話してもらった。特に印象に残ったものを書き残しておこうと思う。

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人間そのものの価値と、その人が成したことの価値は別物

 人は、何かすごいことを成し遂げたから価値があるのではないし、何事も成し遂げられなかったから価値が無いのではない。人は、ただ存在しているだけで価値がある。その人の価値と、その人が成し遂げたことの価値はまったく別物。その二つはきちんと切り分けて考えなければいならないのに、最近の社会はその二つをごちゃ混ぜにしてしまっているように感じる。

 他人から認められるためには、何かを成し遂げなければ。そんな風に考えてしまいがちだけど、もっと自然体でいいと思う。

不安を行動の動機にするより、楽しみを行動の動機にする

 多くの人の行動の原点とは、「不安」である。こうなったらどうしよう、あんな風になったらイヤだ、もしもの時のために、念のため…

 もちろん、リスクヘッジという意味で不安に対処するための対策は必要だけど、不安が原点となる行動というのは単純に、「楽しくない」。

 こんな風になったら絶対楽しいはずだ、というような「楽しみ」を起点とした行動を増やすこと。その割合がすなわち、人生の楽しさ。

会いたい人は特にいない

 私が、「坂爪さんが今、この人やばいな、ちょっと会いたいなって人はいますか?」と聞くと、「僕会いたい人っていないんですよね」とのこと。「もちろん、おもしろそうだなって思う人はいるんですけど、そういう”すごい人”に会いたいっていうのはなくて、それよりも自分の身近な人が、日々どんなことを考えているのかっていうことに興味がある。」

 「坂口恭平さんとか、家入一真さんとか、やられていることはすごいおもしろいし、共感できるんだけど、会いたいかっていうとそういうのとはちょっと違うんですよね」

 私は、坂爪さんと坂口恭平さんってどことなく似た感じがするなと思っていたので、その名前が出た時はあーやっぱりそうなんだと思った。

誰かと仲良くなるのが目的ではない。誰もやったことが無いことをやりたいだけ

 「僕は今、たまたま家のない生活を続けているけれど、別に知らない人と仲良くなることが目的じゃないんです。僕がやりたいのは、”誰もやったことのないことをやる”ということ。今やっていることも、その内のひとつ」

自分がどういった人と一緒に居たいのかをちゃんと考えるべき

 「自分が望んでその人たちと一緒に居るのか、しょうがないから一緒に居るだけなのか。自分がどういった人たちと一緒に居たいのか、時間を共にしたいのかということをきちんと考えたほうがいい」

 これは、自分の周りにいる5人の平均が自分である、という話と似ている。人はどうしても、いつも一緒にいる人たちの”引力”のようなものに引っ張られてしまう。だからこそ、「誰と時間を共にするのか」ということを意識して考えるようにしたほうがいい。

とにかくヤバイことをやり続けていたら、きっと誰かが自分を見つけ、その誰かが自分を生かすだろう

 坂爪さんはibayaという合同会社を運営されている。「とにかくヤバイことだけをやる」ということ以外には事業内容など何も無いらしい。そしてヒマらしい。

 「とにかくヤバイことをやりまくって、それを発信し続けていたら、必ず誰かの目に留まるだろう。そしてその誰かがきっと僕のことを生かして(活かして)くれるだろうと思った。」という、他力本願もここまでいくと気持ちいい。

悲壮感を漂わせない。そんな人とは誰も一緒に居たいとは思わないから

 「僕は家を失って他人に頼らなければいけなくなったけど、落ち込んで悲しんでいる人とは誰も一緒に居たくはないだろうと思った。どうせ一緒にいるのなら、楽しんでいる人と一緒に居たいと思うはずだ。だから、自分から悲壮感を漂わせるのはやめて、この状況を楽しもうと決めた」

 村上龍が、「暗い人間は他人からエネルギーを吸いとって生きるから始末が悪い。輝いていないものは、一緒にいるものを意気消沈させるのである。」と言っていた。

 この、「どうせなら楽しく」という姿勢を保てるのはすごいなと思った。

出来なかったことが、出来るようになるのは嬉しい

 「僕は、やったことのないことにこそ価値があると思っている。やったことのないことって、当たり前だけどやってみないと分からない。でもほとんどの人はやる前にやめてしまう。本当にもったいないなと思う」

 「出来なかったことが、出来るようになるのって、単純に楽しいし嬉しい。そういう経験って誰にでもあると思うんですけど、僕も出来るだけそういうことを重ねていきたい。やってみたら出来た、っていうことは本当にたくさんある」

坂爪さんの印象

 私が坂爪さんに対して持った印象。まず、一本下駄はやはりかなりのインパクトがあった。下駄が好きで、足腰も鍛えられるからという理由で履いているそうなのだが、実際に見るとかなり斬新だった。

 坂爪さんは、行動はめちゃくちゃで、まあとんでもないことをされているのだけど、私は彼の話し方や話す内容を聞いていて、「この人きっと、頭いいんだろうな」と思った。「とにかくヤバイことだけやる」なんていう直感的な生き方をしていながら、それと同じくらいロジカルな部分があるような印象を受けた。

 私は、高城剛がメルマガで書いていたある言葉を思い出した。それは、「社会性もなくぶっ飛ぶのは簡単で、いかに社会性を保ちながらぶっ飛べるかが大事」といったニュアンスの内容で、坂爪さんの話を聞いていて「ああ、この人はちゃんと社会性を保ちながらぶっ飛んでるんだな」と思った。

 坂爪さんのすごいところは、どんな突拍子のないことをしていたとしても、自分の行動に対する学びがあるところだ。一見無意味で、くだらないようなことからも、常にそこから何かを学び、気付き、発見しようとする姿勢がある。そしてそれを自分なりの言葉で翻訳し、”共有”しようとする。

参照:『経験は財産になり、誰にも奪うことは出来ない。ー 「お前は将来大物になる。そのためには見聞を広めろ。金や名誉は一夜にして失うことがあるが、経験は誰にも奪うことが出来ない」

 ただ奇抜なことをやるだけでは、それはただの”自己満足”に過ぎないし、時には人に迷惑をかけることだってある。だが、彼はその「やってみたら見えた景色」というものを、自分なりの言葉と表現で”伝えよう”とする。さかんに「シェアする」という表現を使われているように、いかに「共有するか」というのが、彼の行動指針のひとつであるかのようだ。

 私は、彼が「なぜ」そんな生活を始めたとか、どうなりたいのかとか、そういった類のことには興味がなかった。ただ、彼がどんなことを感じて、どんなことを考えているのかということにはとても興味があった。だからこそ会いに行ったわけだけど、ちゃんと自分が知りたかったことの断片を感じることができた。

 世の中には面白い人がいるなーと、しみじみ思ったのでした。

こちらのエントリーも:
http://yskb2.com/2014/11/04/3014

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