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春の訪れを知るとき

 先週の土曜日、ランニングをしていると制服姿の中学生をよく見かけた。部活かなと思いながら走っていたのだけど、どうやら今日は卒業式らしいということに思い当たった。「卒業式って土曜日だったっけな」などと記憶を掘り起こそうとしてみたのだが、14年ほど前の話なのでハッキリと思い出すことはできなかった。

 どこかそわそわして、よそよそしい感じのする彼/彼女らを見ていて、ああもうそういう季節なんだなと気付かされた。こんなふうに、ある光景や出来事、音楽や空気の匂い、日常の何気ないものごとから、季節の訪れや時間の経過に気付かされることってたくさんある。むしろ私たちは、外部からの何らかのサインによってしか、そういった変化に気が付けないのかもしれない。

 スーパーに並ぶ食材、道行く人たちの服装、玄関のドアを開けたときの空気の香り、花がムズムズする感じ、吐く息の白さなど、さまざまなものが私たちに「変わったこと」を知らせてくれる。あなたが例えば「季節が変わったな」とか、「また一年経ったんだな」と感じる瞬間はどのようなものだろうか。

 今日は、嫁いで福岡に住んでいる(うらやましい)姉の誕生日だった。私は毎年「CLUB HARIE」という地元の洋菓子屋さんでちょっとしたものを見繕い、送るようにしている。今年も例年通り同じ店で買おうと、先週末に足を運んできた。CLUB HARIEはバームクーヘンが有名なのだけど、この季節になると「スプリングバーム」と呼ばれる、桜のデザインが施されたケースのものが発売される。

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※「たねや CLUB HARIE オンラインショップより

 他にも色んな種類のお菓子があるのだけど、やっぱりいちばん人気のあるバームクーヘンが無難だろうということで、このスプリングバームとちょっとしたお菓子をまとめて買い、発送をお願いした。そして、そういえば去年も同じものを買ったなと思い出し、私にとってまさしくこの瞬間が「もうすぐ春なんだな」といちばん強く感じる瞬間なのだと気付いた。

 姉の誕生日に、満開の桜がデザインされたパッケージに包まれるバームクーヘンを買う瞬間。それが私に「春の訪れ」を知らせてくれる瞬間なのだ。

 きっと皆さんにも同じように、「これをしているとき」「あれを目にしたとき」など、自分が特定の季節や時間の経過をいちばんハッキリと感じる瞬間があることと思う。そして、そういった瞬間をたくさん持てることは、きっととても素敵なことなのではないかと思う。

 私たちは、毎日同じようなことをしてるように見えて、実際は少しづつ変化している。一日一日はなんの変わり映えもない毎日かもしれないけれど、精神的にであれ肉体的にであれ、成長であれ退化であれ、ずっと同じところに留まることはできない。

 それと同時に、こうも思う。

 私たちは、少しづつ変化を重ねているように見えて、実際のところ同じようなことをぐるぐると繰り返しているだけではないのかと。

 お店で姉のためにバームクーヘンを選んでいるときに、私はその両方を感じたのだ。ああ、また春が来る、季節がひと巡りしたんだという変化と、冬の次は春が来て、春の次は夏が来る、ずっと同じことの繰り返しじゃないかという諦観のようなものを。

 ともあれ、私は今年もこうして春の訪れをしっかりと感じることだできたし、姉にも無事に喜んでもらえたので、難しいことは考えずにそれでよしとしよう。

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