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「やりたいことというのは、寝るよりも、食べるよりも優先できるはずだ」森博嗣著『「やりがいのある仕事」という幻想』

 森博嗣さんの『「やりがいのある仕事」という幻想』という本を読み終えた。彼がどんな作家なのかについてはあまり詳しくなく、昔に見た映画「スカイ・クロラ」の原作者というくらいの知識しかなかった。ただ、ネット上で引用されている彼の言葉や文章にはとても惹かれるものがあり、いったいどんな人なんだろうと思い調べてみた。

 彼はもともと、小説家になるつもりはまったくなかったそうだ。だが、「金になりそうだから」という理由で書き始めたら本当に儲かって、もう働かなくてもいいくらいのお金を手にした、という、嘘のような経歴の持ち主である。

 勝手に高齢の男性を思い浮かべていたのだけれど、1957年生まれの58歳で、想像よりもはるかに若かった。

 今日紹介する『「やりがいのある仕事」という幻想』という本は、そのタイトルのとおり「実際の仕事って、こういうものなんじゃないの」という彼なりの仕事観が書かれたもの。

 彼の経歴は決して「普通」とは言いがたいものだが、本書で主張されていることや彼の考え方、また、特に若い世代に向けたメッセージは示唆に富んでおり、普遍的なものが多かった。本書の内容と、特に印象に残った点を書いてみようと思う。

 まず、本の章立ては以下のとおり。

 特に、第4章で、読者から寄せられた悩みや相談に森さんが答えている箇所がおもしろかった。

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ノマドなどのスタイルに拘るのは一番下のレベル

 一時期、ノマドワークという働き方がもてはやされた。場所にとらわれず、さまざまな場所を移動しながら、クラウドなどのITを駆使し仕事を進めるというスタイルだ。現代における最強のノマドワーカーは高城剛さんだと個人的には思っているが、森さんはそういった「スタイル」に拘るのは本質的ではないと書かれている。

この「スタイルに拘る」というのが一番下のレベルで、その次が、「手法に拘る」というものだ。これも、まだ本質ではない。最も大事なことは、手法にもスタイルにも拘らず臨機応変に選択できる「自由さ」であり、拘るべきは、結果のコンテンツである。

 これは何も、働き方に限った話ではないと感じた。例えば、「文章を書く」という行為についても同じことが言えるのではないだろうか。

 例えば、ブログに文章を書くというのもひとつのスタイルであり、表現方法だ。私は一時期、某訪日メディアで記事を書いていたことがあるのだが、ブログに書くのと同じような感覚で書いていてはいけないのだと痛感した。
 書く媒体によって内容の質にバラつきが出てしまうのは、そういったスタイルや手法に左右されてしまっている証拠であり、森さんの言う「臨機応変」さが足りていない証拠なのだと思う。

 また、同じブログにしても、どのブログサービスを使うのかという違いにも当てはめることが出来る。私はWordpressというプラットフォームを使用しているが、他にもはてなブログやライブドアブログ、FC2やアメブロなどさまざまな種類がある。どのサービスを使うのかによって、おそらく読まれる回数や読んでくれる層などは異なるのだろう。

 だが大切なことは、どのような媒体・サービスであれ、いかにクオリティの高いコンテンツを提供できるのかということだ。求められるニーズや、マッチする内容を見極め、「臨機応変」に対応できるのかということ。

 「拘るべきは、結果のコンテンツである」という森さんのこの言葉は、とても示唆に富んでいる。

本当にやりたいことなら、もうすでにやっている

 「やりたいことがたくさんあるのに、時間が無くて困っている」という相談に対し、森さんは「不思議な質問だ」と応じている。

不思議な質問だと思った。やりたいことがあったら、どうしてもうやっていないのだろうか。時間がない、という言い訳を考える暇があるなら、やれば良いと思う。やりたいことというのは、寝るよりも、食べるよりも優先できるはずだ。もし時間がないからできない、と判断しているのが本当ならば、それは、そうまでしてやりたくないことだといえるから、一所懸命になってやる必要もないと思う。

 これは自分にもグサッとくる回答なのだけど、本当にそのとおりだなと思う。
 「やりたいことがあるのだけど、まだできていない。どうすればよいか」という質問は、考えてみると確かに変だ。それが自分にとって本当にやりたいことならば、誰に相談するでもなく、誰の許可を得るでもなく、もうすでにやってしまっているはずだ。それがいいか悪いかは別にして、色んなできない理由をつけて「やりたいけどできない」などと言っていることは、本当はたいしてやりたくないことなのだろう。

 身も蓋もない回答ではあるけれど、それは自分にとって「どれくらい本気でやりたいことなのか」ということを考える、いい教訓になった。

 この本を読んでいて、村上龍と森博嗣ってちょっと似ているなと感じるところがいくつかあった。言っている内容も重なる部分があるのだけど、この「身も蓋もない事実を淡々と述べる」という点が共通しているように思う。

やりがいとは、誰かに与えてもらうものではない

 『「やりがいのある仕事」という幻想』というのが本書のタイトルだが、森さんは決して「仕事にやりがいなんて必要ない」と主張されているわけではない。

 昔の、明日食べるものにも困るという状況では、「働くということと、生きていくことはほとんど同義だった」と述べられている箇所がある。これはつまり、働くということは本来もっと切実なものなんだということ。
 村上龍も自身の作品の中で、「仕事に美学や誇りなんていらない。大事なのはなんとか食っていくこと、生き延びることだ」というようなことを書いていた。

 そして、その上で、やりがいというものは自分で獲得していかなければならないと森さんは書かれている。

繰り返していうが、人生のやりがい、人生の楽しみというものは、人から与えられるものではない。どこかに既にあるものでもない。自分で作るもの、育てるものだ

 やりがいのある仕事というものが、どこかにあるわけではない。私たちがすべきは、やりがいのある仕事を「探す」ことではなく、自分なりに作り、育て上げること。

 私は会社員として日々働いているが、この本に書かれた森さんの仕事観から学ぶことはたくさんあった。堀江貴文さんの「ゼロ」に続く、働き方についての良書だった。

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