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常体で書くか、敬体で書くか。

 このブログを始めて1年と4ヶ月ほど経ったが、未だに自分の中で確立できていないことがある。それは、文章を「常体」で書くか「敬体」で書くかということだ。

 常体とはいわゆる「で・ある」調で、敬体とは「です・ます」調のことを指す。書き始めの頃は、自分の文章が常体か敬体かなんて意識していなかったし、そもそも「です・ます」調の反対を何と呼ぶかすら知らずにいた。
 「文章の書き方」みたいな本を読む内に、そういった区別があることを知り、それぞれの特徴や使い方を知ることになった。

 個人的な好みで言うと、私は常体で書かれた文章のほうが好きだ。なぜかと聞かれても分からない。単純に好みの問題だと思う。そして、これは自然な流れだと思うのだけれど、自分が読んで「いいな」と思った文章と同じような文章を書きたいと思った。だから、途中からは意識して「常体」で書くようになった。(この文章もそうだ)

 これも私の個人的な感覚なのだけど、文章は敬体で書くよりも常体で書くほうが難しい。敬体だとどうしてもていねいな言い回しや表現になるので、文章自体がある匿名性を帯び、当たり障りのないものになってしまいがちだ。でも、常体というのはその人の「人間臭さ」が文章に出やすい(と思っている)。そのため、軽薄な文章はどこまでも軽薄に写り、驕った文章はすぐに読者に見抜かれてしまう。

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常体と敬体、それぞれの特徴

 ここで、常体と敬体、それぞれの特徴について書いてみたい。

常体の特徴

  • 簡潔に書ける
  • 冗長になりにくい
  • 書き手の個性が出やすい
  • 高圧的に感じられる
  • 堅苦しい

敬体の特徴

  • 親しみを持たれやすい
  • やさしい印象になる
  • 共感を得やすい
  • 冗長になりがち
  • まわりくどい
  • 同じ文末になりがち

 それぞれに良さがあるが、書き方によってはマイナスな部分もある。
 新聞や仕事の報告書のように、事実をできるだけ正確に伝える必要がある場合は常体の方が向いているだろう。逆に、雑誌やWebメディアなどで書く場合には、敬体の方が向いているように感じる。書く媒体や、内容によって使い分けるのがいちばん良いだろう。

 次に、私が好んで読んでいるブログの中で、常体で書かれたもの、敬体で書かれたものをそれぞれ紹介したい。

常体で書かれたブログ

敬体で書かれたブログ

 すべてのブログにおいて、文体が100%統一されているわけではないが、どちらかがメインとなっているものをピックアップしてみた。文体の違いこそあれ、みな書き手の個性が文章に現れている。

個人的な使い分け

 私はというと、常体で書くことを基本とはしているが、何かの紹介やレビュー、また、軽い感じで書きたいときなどには敬体を使うようにしている。自分の意見や考え、主張を書きたいときは常体の方がしっくりくる。本当はどちらかに統一したいという思いがずっとあるのだけど、両方書けたほうがいいだろうというのと、単に「飽きるから」という理由で両方を使い分けている。

 ずっと常体で書いているとたまに敬体で書きたくなってくるし、敬体で書いた文章をやっぱり常体に書き直すこともある。

 ただ、常体と敬体を混ぜて書くことはしないように気をつけている。たまに突然文体が変わる文章を見かけるけど、あれはあまり褒められたやり方ではないと思う。常体なら常体、敬体なら敬体で最後まで貫く。

最終的に目指す文体とは

 とは言え、やはり自分が目指すところというのは、常体で自分の納得のいく文章を書けるようになることだ。私ははっきり言って、自分の書いた文章があまり好きではない。だから、自分で自分の書いた文章を読んで、「あ、いいな」と思えるようになること。そのためには、きっと書いて書いて、書きまくるしかないのだと思う。

 私が好きな「常体の文章」を書く人と言うのは、なんというか、品がある文章を書かれている。おかしな表現だけど、限りなく敬体に近い常体とでも言うような、押し付けがましくない、さらりとした文章。

 私もいつか、そんな文章を書けるようになり、自分の書いた文章を好きになりたい。

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