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危機感を持つことは、実はとても難しいことかもしれない

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。

 これは、イギリスの科学者ダーウィンが述べたとされる有名な言葉だ。「適者生存」_強い者でも、賢い者でもない、変化し適応できる者が生き残るのだという彼の考え方は、現代を生きる私たちにとっても非常に示唆に富んだメッセージではないだろうか。
 では、何がその「変化」を促すのだろう。人(あるいは動物)が、「変化しなければ」と感じるのは、いったいどういうときなのだろう。変化するために必要なものは、何なのだろうか。

 もちろん、答えはひとつではないのだろうけど、私は、何かが変化する(あるいは何かを変化させる)ために必要なものは、「危機感」であると考えている。

 我々人間を含め、現代を生きている生物は、当然のことながら「生き残った種族」である。徐々に姿形を変え、住む場所を変え、話す言葉を変え、滅びることなく生き延びてきた。そして、それを可能にしたのは、「自分たちは変化しなければ、この先どうも生き残ることができなさそうだ」という、適切な危機感だったのではないだろうか。「このままではいけない」という、切実で、強烈な危機感を持つことができた種族だけが、「変化」することを可能にし、「適者」として生き残ることができた。

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危機感を持つために必要なことは、「自分事」として考える能力

 冒頭からえらく壮大な話になってしまったが、私たちの日常生活に置き換えて考えてみたい。
 こんなことを言うと怒られるかもしれないが、私は、原発事故について危機感を持てたかというと、正直「はい」とは言い難い。関西に住んでいるという、地理的な事情ももちろんあるのだろうけれど、どこか「遠い話」のように感じていたことは否定できない。

 同じように、今、私の勤める会社の業績が思わしくないという。売上は今までと同じかそれ以上にあるのだが、いかんせん利益が出ない。このままいくと近いうちに決算は赤字になるという話を、社長直々に聞かされた。「今までの延長線上に、”これから”はない」と力説する社長の話も、私にはどこか遠い話だった。
 そんな話を突然聞かされて、「このままではまずい!今すぐ何か手を打たなければ!」と行動に移せる社員が、いったいどれくらいいるだろう。私の周りをみても、その話を聞く前と後で、目に見える変化はあまりなかった。

 なんか、毎年だいたいおんなじこと言うよね。そんなムードが何となく社内を覆っていた。おそらく、本当に危機感を持っていたのは、社長を始めとする、役員や幹部の方たちだけだったと思う。
 しかし、事務所の蛍光灯を少し減らしたり、社内外への電話を極力減らすようにという通達が出されたりするにつれ、「どうもこれは今までと違うな」「ちょっとマジっぽいな」と、私はだんだん感じるようになってきた。今までに比べてやり方が徹底しているし、正直「そんなことまで!」と思うような経費削減策が打ち出されているからだ。

 でも、それでも、明日会社が潰れるとは思っていないし、大幅な人員削減が行われるとも思わない。つまり、未だに「危機感」が薄いのだ。これだけ社内に「危機」を煽るアナウンスメントが溢れているのに、私も、周りも、何も変わっていない。そしてそれは、私たちが「会社の危機」を、「自分事」として考えられていないからなのだと気付いた。

 会社の危機を、自分個人の問題と結びつけて考えるのは、なかなか難しいことだ。もちろん私が独身であることも大きいだろう。養う家族がいる人や、介護を必要とする親を抱える人などは私よりももっと敏感かもしれない。ただ、それらは変化を促す危機感というよりかは、どちらかと言うと「不安」に近いのではないだろうか。

 例えば、預金口座の残高が数百円しか無い人は、「このままではマズい」と危機感を持つはずだ。例えば、明日からの旅行の宿が未だ見つかっていない人も、「何とかしなければ」と思うはずだ。それらは、切実で、逼迫した「自分事」だから。

 どれだけ目の前のものごとについて、「自分事」として考えられるか。それが危機感を持てるかどうかの、決定的な違いなのだと思う。

危機感を持つべき対象

 かといって、何でもかんでも「危機感」を持っていては大変だ。地球温暖化について、イスラム国の残虐な行為について、遠くの国で幼児が餓死する事実について、、、そういったことに対してまでも、「自分事」として考えてしまったら、ものすごく疲れるしストレスフルだ。

 それでは、自分はいったい何に対して危機感を持つべきなのだろう。
最優先されるのは間違いなく、「自分の生命を脅かすもの」だ。自分の生活を脅かすもの、自分の健康を脅かすもの、自分の幸福を脅かすもの、、、それらに対して、私たちはきちんと危機感を持たなければならない。そしてそのために、目の前のものごとを「自分事」として考えられるようにならなければならない。

 他人のことであれば無責任なことが言えても、いざ自分のこととなるとそういうわけにはいかないはずだ。「自分事」として考えることで緊張感が生まれ、「何とかしよう」という意思が生まれる。それが適切な危機感だ。

危機感こそが何かを変化させる

 時代は変わり、環境も変わる。好むと好まざるとにかかわらず、世界はどんどん変わり続けている。変わらない強さ、というのもあるのかもしれない。だけど私は、変化に対応するために、変化できる人でありたい。

 そして、変化するためには、危機感を持つことが必要だ。
 だが、危機感とは「持て」と言われて「はい、持ちます」というようなものでもない。ときには身につまされるような体験も必要かもしれない。

 「危機感を持て」というメッセージは溢れているが、実はそれは、とても難しいことなのかもしれない。でも、危機感こそが、何かを大きく変化させるパワーになり得るのだと思う。

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