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賞味期限の長い記事を書くことの価値

 ブログを書く上で気をつけていることはいくつかあり、そのうちのひとつに「賞味期限の長い記事」を書くというものがある。この「賞味期限の長い記事」という言葉を初めて目にしたのは、たしかちきりんさんのブログだったと思う。

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賞味期限の長い記事とは

 「賞味期限の長い記事」とは、すなわち「時間が経過してもその価値を失わない文章」のことを指す。何年たっても読むに値する文章のことだ。書かれている内容が普遍的で、真理をついたものであればあるほど、それは「賞味期限の長い記事」になる可能性が高い。
 逆に「賞味期限の短い記事」とは、一過性の話題を扱ったものや、たまたまそのときのトレンドにマッチし、一時的によく読まれる(俗に言う「バズる」)記事のことだ。

 例えば、Appleが新製品をリリースするとき、多くのブログやメディアがその内容を伝える記事を書く。しかし、その記事が1年後も同じように読まれるかというと、そんなことはない。そういった記事の旬は短く、読者が興味を持ち続けるのは難しい。
 しかし、これが「Macを購入したら絶対に覚えておきたいショートカット集」といった内容であれば、それは継続的に読まれる可能性が高い。毎年Macを購入する人は一定数いるはずだし、時間が経ったからといってその価値を失うような内容でもないからだ。

 自分の話になってしまうが、1年以上前位に書いた以下のエントリが、ここ数日で急にFacebookでシェアされだし、一時的にアクセスが激増していた。

 月に数十万から百万PVを超えるような人気ブロガーの方々からすると、取るに足らないような数字かも知れないが、私はこの「1年以上前に書いた文章が、今になって多くの人に読まれ始める」という現象に、驚きと喜びを隠し切れない。これも、ネットというオープンな場で文章を書くことのひとつのおもしろさだと思う。

 先に紹介した私のエントリでもそうだけど、働き方に関する記事や、生産性向上、生活の知恵といった内容も、長く広く読まれやすいジャンルだろう。

過去記事が再び日の目を浴びるのはSNSのおかげ

 賞味期限の長い記事であれば、時間が経っても(ときに時間が経つほどに)よく読まれると書いた。しかし、大勢の人間が、数年前の記事に同じタイミングでアクセスするということは考えにくい。そこには何かしらの起爆剤、「きっかけ」があるように思う。それが、SNSによる共有機能だ。

 Twitterの「リツイート」、Facebookの「シェア」に代表されるSNSの共有機能が、膨大な過去記事の中からひとつの記事を再び日の目にさらす起爆剤となってくれるのだ。

 その記事がいつ書かれたのかに関わらず、その内容が素晴らしければ、そういったSNSの拡散効果によって過去記事は何度でも息を吹き返す。つまり、賞味期限の長い記事というのは、半永久的に死ぬことのない、言わば「いつまでも読まれ続ける可能性」を秘めた文章なのだ。

 読んだ人が、「この人の言っていることはまっとうで、本質的なことだ」と思えば、「他の誰かにも伝えたい」という欲求が生まれ、SNSがその拡散を容易にする。

より平易な言葉で、より深い心理を

 村上春樹が、自分が書きたいのは「より平易な言葉で、より深い心理」だと書いていた。これは、長く読まれ続ける文章の条件に、そっくりそのまま当てはまるように思う。どれだけ普遍的なことを書いていたとしても、文章が難解過ぎて理解されなければ意味が無いし、言葉遣いが平易でも、中身がなければ読まれない。

 ただ、ここまで書いてきた「賞味期限の長い記事」というのは、やはり書こうと思って書けるようなものでもない。「普遍的で、真理をついた内容を、できるだけ平易な言葉で表現してみよう」と思ったところで、私にはそんなもの書けない。先のエントリも、そういうことを意識して書いたわけではない。

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。それは、私が「ずっと考えていること。常に思っていること」を書いたという点だ。それが大多数にとっての普遍的なことかどうかは分からないけれど、少なくとも私にとっては普遍的なことであった。それをそのまま書いたら、当時はあまり読まれなかったけれど、今になって多くの方に読んで頂けた。

 このことから分かることは、結局は「自分の中に確固としてある考え、疑問、憤り、怒り」などをそのまま書けばいいんではないだろうかということ。

 読まれることを狙って書くのではなく、「自分はずっとこう考えているんだけど、どうだろう」といった感じで、あくまで自分の意思表示として書くほうが、結果的に読む人の心に響くような気がする。

 それはすなわち自分自身を文章という形でさらけ出すことであり、そこに嘘がなければ、読む人には必ず「何か」が伝わると私は信じている。

さいごに

 「自分の考えなんて取るに足らない」というのは、多くの人が犯しがちな勘違いだ。仮に同じ様な考えの人がいたとしても、「自分と同じことを考えている人がいた!」と喜ぶ人だっているはずだし、だからこそ価値を持つのだ。

 賞味期限の長い記事を書きたいのであれば、まずは自分の中に確固として存在する「何か」について、自分なりの文章で表現してみてはどうだろうか。

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