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この仕事をやっていて良かったなと思う瞬間

 私は19歳のときにオーストラリアに渡り、1年ほど過ごした。
 
 建築家を志し工業高校の建築科に入学したものの、持ち前の飽きっぽさを遺憾なく発揮した私は、早々に建築という世界に見切りをつけ、悶々とした高校生活を送っていた。
 私にとって高校生活というのは、退屈そのものだった。一刻も早くそこから抜け出したいと思っていた。すでに興味を失っているのにやらなければいけない専門的な勉強や、やることなすことすべてが中途半端に見えた同級生にも、ほとほと嫌気が差していた。そして何より、そういう場所に留まらなければならない自分が嫌で仕方がなかった。

 毎年ぎりぎりの成績で進級し、いよいよ進路のことを考え始めなければならない時期に差し掛かった頃、私は漠然と「海外に出る」ということを意識し始めた。それまで海外に行きたいと思ったことなどなかったのに、「日本を出る」ということが唯一自分に残された道であるかのような、確信的な予感を持つようになった。

 それは間違いなく、「これ以上ここに居たくない」という強烈な拒絶感の裏返しで、「ここではないどこか」を渇望していた自分にとって、言わば自然発生的に生まれた欲望である。当時はもちろん、そんなことは分からなかったけれど。

***

 21歳になる前に帰国した私には、当然のことながら職などあるわけもなく、何のスキルも、コネも、ツテもなかった。自分にあるものと言えば、1年足らずの海外生活で申し訳程度に身に付けた英語力しかない。今思うと、英語力と呼ぶのもはばかられるようなレベルのものだったが、しょうがない。その時の私にはそれしかなかったのだ。

 いくつかの人材会社に登録し、運良く地元の製造業の会社に潜り込むことができた。今思うと、21歳の学歴も職歴もなにもない若造を、よく拾ってくれたなと思う。

 私が採用されたのは、輸出業務を管轄している部署で、私はそこで初めて「貿易」という世界に触れることになる。エクセルの使い方どころか、PCの使い方もままならない私は、毎日必死に、それこそ走りながら仕事を覚えていった。新人研修なんていうのも無かったから、分からないことは聞いて、それ以外は自分で見て覚えるしかなかった。この経験のおかげで私は、教わらなくても自分で仕事を習得していくということを学んだ。今思うと、このときの経験は今でもとても役に立っている。

 貿易という仕事にも、徐々に魅力を感じるようになっていった。メールや電話で英語を使えることもそうだけど、海外を相手に仕事をしているという感覚が心地よかった。会ったこともない異国の人たちと連絡を取り合い、仕事を進めていくことにおもしろさややりがいを感じるようになっていった。そして何より、自分は「働くこと」が好きなんだと気付いた。

 いろんな国の人たちと仕事をしたけれど、特に印象的だったのはブラジル人だ。陽気なテンションで電話をかけてきて、「ものすごく緊急なんだ。明日にでも部品を送ってくれ」と、無茶苦茶なリクエストをしてくる。時差が12時間ほどあるので、ある時なんかは「今自宅のベットの中から電話してるんだ」と言っていた。

 ある日ブラジルからの出張者がやってきたとき、「あなた宛に預かってきたの」と、CDとDVDを渡されたことがある。いつも仕事のやりとりをしているブラジル人(名前を忘れてしまった)と、ふとしたきっかけで音楽の話になり、お互いに好みが似ていることもあり盛り上がったことがあった。彼はその時のことを覚えていてくれて、ブラジルのバンドのCDとDVDをプレゼントしてくれたのだ。

 私は、「あいつなんていいやつなんだ」と素直に感動し、日本のタバコをお返しに預けた。彼はその後ほどなくして辞めてしまったけれど、元気でやっているんだろうか。

 そんな私も、結局その会社には2年もいなかった。ここでも持ち前の飽き性が発揮されたといえばそれまでなのだが、そのまま会社に居続けて働き続けるということに、違和感を感じ始めていた。その会社では、文字通り1から100までのことを学べたし、自分は会社に入ってもちゃんとやっていけるんだという自信のようなものも得た。

 それからしばらくはフラフラしていたのだけど、結局はまた会社員として働くことになった。それも、運が良かったというかタイミングが良かったというか、前職でお世話になった人の紹介で今の会社に入ることができた。同じく製造業の、貿易職だ。

 扱う製品自体は異なるものの、業界も、やっている業務も前職と似たり寄ったりだ。きっとこの会社にも長くはいないのだろうなと思っていたのだけど、いつの間にか5年が過ぎていた。そして、最近になってようやく「自分はこの仕事に向いているんだ」という、確信を持てるようになった。
 仕事をする上で大切なことは、「楽しさ」とか「やりがい」ではなく、「自分の能力を活かせているか」だと考えてきたけれど、今の仕事ではまさしく自分の能力を発揮できていると思う。そして、自分の能力を発揮できて、かつそれが成果につながると、自然と仕事はおもしろくなるものだ。

 今の会社では、今までにないさまざまな経験をさせてもらっている。そのあたりのことは以下のエントリでも少し触れた。

 ここ数年はフィリピンがいちばん大きな取引(仕事)相手になっている。そして、個人的にフィリピン人とはとても仕事がやりやすい。現地でビジネスを起こしているような方からすると全然違う感覚らしいけど、フィリピン人、とても優秀だと思う。

 そして昨日、フィリピンへ出張へ行っていた人から「これ預かってきたよ」とお土産を手渡された。なんでも、現地の方が私に渡してほしいと、わざわざ用意してくれたそうなのだ。名前を聞いたけど、聞き覚えがなかった。「人違いじゃないの?」と聞いても、間違いなく自分だという。「彼はものすごくメールの返信が早いんだ」って、君のこと褒めてたよ、と。

 そこで、メールの受信ボックスからそのフィリピン人の名前を検索してみると、数件のメールがヒットした。確かに何度かやりとりはしていたみたいだけど、毎日やりとりをしているフィリピン人ではない。それでも、わざわざお土産を渡してくれたのだ。

 先のブラジル人にしろ、今回のフィリピン人にしろ、こういう仕事をしているからこそ体験できたことだと思う。単純に何か「モノ」をもらったことが嬉しいのではなく(それももちろん嬉しいけれど)、自分の仕事ぶりが相手に伝わったのかなと思えることが嬉しい。

 自分の仕事ぶりを見ているのは、何も上司や同僚だけではない。異国の、話す言葉も違う、会ったこともない人間が、「こいつは信用に足る人間だ」という評価を何らかのフィードバックとして返してくれる。
 そういう瞬間に立ち会えた時、私は「この仕事をしていて良かったな」と思う。もちろん、そんな瞬間はそうそうやってこないし、しんどいとか、苦しいって思うことの方が圧倒的に多い。空振りに終わる頑張りも数知れない。

 でも、自分にできうる最高の仕事をしようと試みること、手を抜かないこと、真剣であること、そういったことをずっと考えてやってきたし、これからもそうし続けるつもりだ。遠くないうちにまた、「この仕事をやっていて良かったな」と思える瞬間が来ることを期待して。

ファイル 2015-06-02 21 54 11
※頂いたバナナチップスはビールのつまみにします。

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