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他人を救いたいと思うのは、他人を支配したいという欲求があるからだ。村上龍「最後の家族」

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「親しい人の自立は、その近くにいる人を救うんです。一人で生きていけるようになること。それだけが、誰か親しい人を結果的に救うんです」

 引きこもりを続け家族に暴力を振るう二十一歳の秀樹、援助交際で男と出会う女子高生の知美、若い男と不倫をする昭子、会社からリストラされる秀吉。村上龍の「最後の家族」は、過酷な現実に直面しつつもそれぞれが生きる方法を模索し、自立を目指す家族の姿を描いた作品。
 2001年に発売された作品で、「希望の国のエクソダス」よりも後の作品となる。村上龍が自身のエッセイで何度か言及していたので作品の存在自体は知っていたのだけど、先日ようやく読み終えた。

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テーマは「自立」

 冒頭の文章は、私がこの作品でいちばん気に入っているもので、小説のテーマを的確に表現している。ひきこもり、家族に暴力を振るう二十一歳の秀樹とその家族を、父親、母親、息子、妹、それぞれの視点から描き出す。こう書くと、どうしようもない息子がやがて自立を遂げ社会復帰するだけの物語に聞こえてしまうかもしれないが、この作品はそんな単調なものではない。

 父親はリストラという現実に直面し、母親は息子と、若い男との不倫という二つの関係性の中で揺れ、妹はこれから自分がどう生きていくのかという切実な問いにぶつかる。ひきこもりの息子を中心に、それぞれが抱える問題が徐々にあらわになっていく。

誰かを救いたいというのは、DVの第一歩

 家庭内暴力、ドメスティックバイオレンスというのは、この作品のもう一つの主要なテーマとして描かれている。向かいの家の女性がDVの被害に遭っているのを偶然目にした秀樹は、自身もDVの加害者でありながら、彼女を救いたいと思うようになる。

 専門書を読みあさり、さまざまな支援機関や公的機関に電話をかけ、自分が目にしたもの、そして、彼女をどうにかして救いたいと思っていることを伝える秀樹。そんな秀樹に、弁護士が告げる言葉がとても印象的だった。

「ちょっと失礼な言い方になるかも知れませんが、率直に言っていいですか?このままだと話が終わらないので」
はい、と秀樹は答えた。
「その女性に対する内山さんの立場は、DVの加害者に似てるんです」

 あなたの言動は、DVの加害者に似ていると言われた秀樹は、「そういうことだったのか」と、妙に納得してしまう。そして、弁護士はこう続ける。

「女性を救いたいというのは、DVの第一歩なんです。救いたいという思いは、案外簡単に暴力につながります。それは、相手を、対等な人間として見ていないからです。対等な人間関係には、救いたいというような欲求はありません。彼女は可哀想な人だ、だからぼくが救わなければいけない。ぼくがいないと彼女は不幸なままだ。ぼくがいないと彼女はダメになる。ぼくがいるから彼女は生きていける。ぼくがいなければ彼女は生きていけない。
 そういう風に思うのは、他人を支配したいという欲求があるからなんです。そういう欲求がですね、ぼくがいなければ生きていけないくせに、あいつのあの態度はなんだ、という風に変わるのは時間の問題なんですよ」

 巻末に掲載されている、DVに関する参考文献や、精神科医による解説などから、村上龍が本作を書くにあたって綿密な取材や下調べを行ったことが想像できる。特にこのシーンのこのくだりは、非常に説得力があり、ある種の怖さのようなものも感じた。

 誰かを救いたいと思うのは誰かを支配したいという欲求の裏返しだというのは、知りたくなかった事実を突きつけられるかのような、重たいインパクトがあった。

自立しようとする姿は、他者に勇気を与える

 本作は、村上龍の作品の中では珍しく、明るい終わり方になっている。結末としては決してハッピーエンドなどではなく、4人が未だにシリアスな現実を生きているのだけど、どこか温かみを感じられるような、そんな終わり方だ。確か村上龍自身もエッセイか何かで「予期せず、明るい終わり方になった」と書いていた気がする。

 先に述べたとおり、本書のテーマは自立で、「一人で生きていけるようになることだけが、親しい人を救う」というフレーズを引用した。
 だが、何ものにも頼らず、自分ひとりの力で生きていくことなんて、できるはずがない。だから私は、「自立することが親しい人を救う」という言葉を、こう解釈している。

 自立しようと試みること、ひとりで生きていける強さを手に入れようともがくことは、自分の周りにいる人たちに何かしらのパワーを与え、刺激する。甘え合い、依存し合うのではなく、自立すること。それが結果的に、自分の親しい人に良き影響を与え、救うことになるのだと思う。
 そしてそのことによっていちばん救われるのは、他でもない、自分自身なのだ。

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