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自分が理解していないことを、他人に説明することはできない

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 今仕事で関わっているプロジェクトのシステム開発が、ようやくひとつの節目を迎えた。自分たちが抱えている問題点、解決したい課題や目指す姿を伝え、構想を練り、システムのおおまかな設計を決める。システムを作る際に、いちばん大変なのがこういった一連の打ち合わせや作業だったりするので、その時期をひとまず乗り越えられてホッとしている。どういったものを作ればよいのかが決まれば、あとはそれをシステム屋さんに作ってもらうだけだ。これからしばらくは開発期間に入るので、ここ2ヶ月ほど続いた連日の打ち合わせからも開放される(はず)。

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核心をつく部外者の「なぜ?」

 自分のやっている業務を、まったくそれを知らない人に説明するのってものすごく骨が折れる作業だ。特に、SEやプログラマの人などに説明するときは、きちんと筋道を立てて論理的に説明しなければ、「ん?今のどういう意味ですか?」とか「何をするためにその作業が必要なんでしょうか」といった質問がバンバン飛んでくる。特に、自分は当たり前だと思ってやっている仕事に対して、「それ、必要なんでしょうか」とか言われると、カチンと来たりすることもある。

 ただ、こういった外部の人からの質問や疑問って、ときにものすごく核心をついていたり、本質的な問いであったりする。特に、「なぜ必要なのか」と問われて「そういう決まりだからです」とか「そういう風に教えられたからです」みたいな回答しかできないのであれば、その業務の必要性を改めて精査してみる必要がある。それが本当に必要な作業なり仕事で、その理由をきちんと理解できているのであれば、苛立ったりせず、淡々と説明すればいい。

 仕事に慣れるにつれ、だんだんと疑問に思わなくなってしまうことって少なからずあると思う。外部からの目線というのは、そういう「疑問を改めて疑問として認識する」ために非常に役に立つ。

説明できないのは、理解していないからだ

 それでも、「そこ気になる?」と思ってしまうような、突飛な質問もよくされる。「そこから説明するのか…」と思いながら話をするのだけど、いざ説明しようとするとどうも上手くいかないことがある。ただ言葉の選び方や、説明の順序がまとまっていないだけの場合もあるが、中には「自分も理解できていなかった」ということがある。

 他人に説明しようとして初めて、自分はどれくらい自分の仕事について理解してるのかを知ることができる。私は3年ほど前に初めてシステム開発に携わり、「他人に説明できないことは、自分でも理解できていないんだ」ということを痛感した。理解していないことは説明できない、考えてみれば当たり前の話なのだけど、意外とそのことを自覚できている人は少ないのではないだろうか。

その言葉の意味、ちゃんと理解して使っていますか?
 最近は仕事で、プロジェクトの進捗状況やタスクの管理、計画の予実などをひんぱんに確認するようになった。新しい仕事に関わりだしてから、今までに...

 自分がやっていることの必要性や意義を、他人に説明する機会というのはそれほどあるわけではないからだ。

アウトプットすることで、自分に足りないものを知ることができる

 他人に説明することで、自分が何を理解していて、何を理解できていないのかを知ることができる。これは、例えば文章を書くことでも同じような効果がある。

 例えば、私は今「自分が理解していないことを、他人に説明することはできない」という趣旨の文章を書いている。この文章を書くことで私は、自分の考えを伝えるためには何が足りないのかということを知ることができる。それは頭で考えているだけでは決して分からないし、こうして文章にしてみたり、友達に話してみたりして初めて気付くことができるのだ。

 別に仕事に限らず、自分の考えていることや感じたことを、誰かに話したりブログに書いたりするだけで、自分の理解を深めることができる。理解するために、もっと話したり書いたりしよう。

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