スポンサードリンク

人は、自分ができないことほど他人に強要したがる

 少し前の話。
 発売されたばかりの村上春樹の新刊を読んでいると、Kという友人からLINEのメッセージが届いた。

「今からちょっと電話していい?」

 彼とはしばらく疎遠になっていたので、珍しいなと思いながら「いいよ」と返すと、すぐに電話がかかってきた。

「久しぶり。今すこし話していいかな」

 「もちろん」と返し、私たちは互いの近況を手短に話し合った。しばらくすると彼が、「聞いて欲しい話がある」と切り出した。Kが自分から何かを話すことはとても珍しいことだったので、私は少し驚きつつもそのまま話を聞くことにした。

 それは、彼が最近友人の彼女から受けたある相談についてだった。私はその友人とも、その彼女とも面識はない。だがKとその友人はとても仲がよく、彼女も含めた3人でよく遊びに行くとのことだった。

 要約すると、Kが話したのはこんな内容だった。
 Kの友人の彼女は、彼氏(Kの友人だ)の言動に、少し不信感を抱いている。今までに何度か嘘をつかれたことがあり、その度に怒るのだけど、彼はその場しのぎにごまかすようなことを繰り返す。最近も車をぶつけたとかで喧嘩したばかりで、不信感がつのるばかりなのだという。

 その話を聞かされたKは、心底驚いたのだそうだ。というのも、Kにとってその友人は、真面目一徹、嘘なんてつくような人間には見えなかったからだ。確かに少しおっちょこちょいなところはあるけれど、優しくて憎めない男なのだとKは言った。

「だからさ、俺は彼女に、彼を信じてやってほしいって言ったんだ。あいつは誰かを傷つけるような嘘をつくような男じゃないし、だいいちそんなに器用じゃないって」

 私はKの話に相槌を打ちながら、「どうしてKはこの話を私にするんだろう」と不思議に思わずにいられなかった。わざわざ電話をかけてまで話すような内容だろうかと。

 だがKはその後で、こう続けた。

「実は、俺は彼女の話を聞きながら、まったく別のことを考えていたんだ」

「俺は彼女の話を聞きながら、ずっと自分の父親のことを考えていた。お前には話したことないけど、俺の父親はギャンブル中毒で、家族にも平気で嘘をつくような人間だった。暴力こそなかったけれど、家の金を使い込んでパチンコばかり行っていた。一時期は住宅ローンすら払えなくて大変だったんだ」

 私は、そうだったんだ、と間の抜けた返事をしただけで、他に言うべき言葉が浮かばなかった。

「だから俺は、父親のことはまったく信用していないんだ。これまで育ててもらったことに対しては感謝しているけど、死ぬまで信用しない。それとこれは別の話だ。母親はもう離婚するってよく漏らしていたけど、未だに一緒に暮らしている。俺からしたらちょっと信じられない」

 全然そんな風には見えなかったけど…と私が言うと、Kはこう言った。

「そりゃそうだよ。俺だって、その事実を知ったのは20代の後半になってからだったからな。ずっと隠されてたんだ。ずっと自分の家は普通の家庭なんだって思ってた」

 私は何も言えなかった。何が言えるだろう?
 
「まあそんなことはどうでもよくて、俺が言いたいことは、自分の父親すら信用していない人間に、”誰かを信じるべきだ”なんて言う資格があるのかって話だ。俺は偉そうに他人にアドバイスできるような人間じゃないんだ。彼女と話した後、ものすごく罪悪感にとらわれてさ」

「きっと人は、自分ができていないことほど、他人に強要したがるんだ。清く正しくなんて生きられないくせに、不正を働く人を鬼の首をとったかのように叩きまくる。他人に優しくなれない人ほど、他人は自分に優しくすべきだと訴える。誰のことも信用できないくせに、自分のことは信用してもらいたがる」

「俺が彼女に「彼を信用してやって欲しい」と言ったのは、もちろん友だちとしての立場から出た言葉でもあるけれど、それ以上に、自分が”身近な誰か”を信用することができていない、何よりの証拠なんじゃないかって、そんなことを考えたんだよ」

 Kはまくし立てるようにそんなことを話した後、「こういうのって誰にでも話せることじゃないからさ。でもお前に話したことでちょっとスッキリしたよ、ありがとう」と言って一方的に電話を切った。

 どこかにぽつんと置き去りにされたような気分になった私は、Kの話した内容をもう一度思い出し、頭の中で反芻した。Kの家族の話もなかなかに強烈だったけど、「人は自分ができないことほど他人に強要する」というフレーズが頭から離れなかった。確かに、そういう面もあるかもしれない。というか、考えてみれば自分にも思い当たるふしがいくつかあった。

 人は聖人のようには生きられないのだから、多かれ少なかれ、欠点や問題を抱えて生きていくことになる。でも、少なくとも自分ができていないことを他人に強要するような、そんな野暮な真似だけはしないでおこう。何かのお告げのようなKからの電話の後で、私はそう心に決めた。

スポンサード リンク
スポンサード リンク

気に入ったらシェア!

スポンサード リンク
スポンサード リンク