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走るように書きたい

 このエントリも含めると、10月は12本しかブログを書けなかった。2日に1本のペースは維持したいなと思っていたのだけれど、3日以上空けてしまうとエディタを開く気力が日に日に失われていき、ずるずると更新しない日が続いてしまった。
 それと反比例するようにランニングに出る頻度は増え続け、今日で36日連続出走中だ。今までは1週間に1度くらいは休む日があったのだけど、最近は「1日たりとも休みたくない」という気持ちが強くなり、飲みに出かけても帰ってきてから走ったりする。

 1年間毎日ブログを更新したり、Youtubeに毎日動画を投稿したりする人たちを見ていると、「自分にはとてもできそうにないなあ」と思う。でも最近になって、”走ること”なら自分にも毎日続けることができそうだと思うようになった。

 何かを毎日続けるというのは、いわゆる「習慣化する」ということで、つまりそれが生活の一部になっているということ。「よし、今日もやるぞ」みたいに肩に力の入った状態ではなく、それをやることが”当たり前”になっている、やるのが当然なんだという状態。

 走ることは自分にとってまさにそんな感じで、「これは自分のやること、すべきことなんだ」と思ってやっている。そういう姿勢で何かに取り組んでいると、「時間がないからできない」という発想は出てこなくなる。そうではなくて、「どうやってそのための時間を捻出しよう」という考えに至るのだ。
 例えば、先日会社の歓送迎会があった。平日はいつも仕事が終わってから走っているのだけど、その日ばかりは時間が取れそうにない。だから、いつもより1時間早く起きて朝走るようにした。4時半前に起きたので、夕方から尋常じゃない睡魔に襲われたが、無事に連続出走記録を守ることができた。

 自分にとって走ることは、「時間があればやること」ではなく、他の時間を削ってでもやることに変化しつつある。そして、その変化を喜ばしいものだと感じている。そこまでして毎日続けたいことがあるって、素晴らしいじゃないかと。

 翻って、こと”書くこと”に関しては、自分はそこまでの執着を持っていないし、自分が”すべきこと”だとも思っていない。でも、自分の考えたことや見たものを、文章で表現したいという欲求はある。もっと上達したいし、読んだ人の心に残るような文章を書きたいとは思う。
 だから、自分にとっての”走ること”と同じような感覚で、文章を書けるようになれたらなぁ、なんてことを考えている。

 ただ淡々と、粛々と、自分のやるべきことをこなすように、それが当然であるかのごとく文章が書けるようになりたい。走るかのごとく、書けるようになりたい。

re_ファイル 2015-10-31 10 21 49
※今朝のランニング中に撮った一枚。

 人の活動の4割は「習慣」で行っているそうだ。脳が何かを判断し選択しているわけではなく、「無意識」にとっている行動が4割もあるということ。で...
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