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2015年に書いたエントリの私的ベスト10

 思いっきり書くタイミングを逃してしまったけれど、去年に書いた172本のエントリの中から個人的なベスト10を選んでみようと思う。選ぶ基準はページビューやシェア数など「どれだけ読まれたか」ではなく、自分なりに「書ききった」か、「思い入れがある」かという、ものすごく主観的なもの。残念なことに、そういったエントリはあまり読まれなかったけれど、個人的には気に入っているものばかりだ。

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『どんな小さなことにも、きちんとお礼が言える人でありたい』

どんな小さなことにも、きちんとお礼が言える人でありたい
 最近、特に仕事をしているときによく思うのだけれど、どんなささいで小さなことに対してもお礼が言える人って、それだけで尊敬に値する。  ...

 人に何かを頼んでおいて、お礼の一言も無い人って意外と多いなあと感じて書いたもの。例えば相手が目下の人間でも、それが例えば頼みごとではなく指示であっても、やっぱり自分に対して何かをしてくれた人に対してはきちんとお礼が言える人間でありたい。何かをしてもらうことが当たり前だなんて思わないように。

『「丁寧さ」とは態度であり姿勢である』

「丁寧さ」とは態度であり姿勢である
 何の番組だったかは忘れてしまったけれど、昔テレビでこんな話を聞いたことがある。なんでも、頭の回転が早い人ほど字が汚いのだそうだ。な...

 古賀史健さんのnoteに触発されて書いたもの。「良くない文章というのは往々にしてその”雑さ”が問題であり、丁寧であることには時間も才能も必要ない。なぜならそれは態度の問題だから」という彼の指摘にはとても頷かせられたし、ほんとうにその通りだなと思った。

 上手くは書けないかもしれないけれど、少なくとも丁寧でありたい。

『「縁がなかった」というのは都合のいい解釈に過ぎない』

「縁がなかった」というのは都合のいい解釈に過ぎない
 10年ほど前、オーストラリアに住んでいた頃、とてもお世話になった人に「人との出会いは縁だよ」と言われたことが何度かあった。「運と縁...

 僕は、直視すべき現実を覆い隠してしまうような耳障りのいい言葉が嫌いだ。ものごとは捉えようだよ、と言われればそれまでかもしれないが、起こったことを必要以上にポジティブに捉えたり、勝手な解釈で終わらせてしまいたくない。感じるべき痛みは引き受けなければならない。

 「縁がなかった」という言葉には、そういう「すべき努力を怠った自分」を肯定してしまうような甘さがある。

『「回答がもらえませんでした」というのは言い訳にならない』

「回答がもらえませんでした」というのは言い訳にならない
 仕事というのは自分ひとりで解決することなど稀で、周囲からの協力やチームでの共同作業でようやく前に進んでいく。そのため、いかに情報の共有や、...

 これも、自分が仕事をしていく上で意識していることのひとつ。実際、僕も昔は「ボールを持っているのはあちら側であり、それを返してこない向こうが悪い(自分は悪くない)」と考えていた。けれども、前の部長から「それは仕事のやりかたとして不十分だ」と一喝されてからは、投げっぱなしにしたボールをいかに早く回収するかというところまで意識するようになった。

 回答がないなら、なぜ回答がないのか、どこで止まっているのか、いつになればそれは分かるのかといったところまできちんと把握すること。投げっぱなしにして終わらないこと。

『「書くこと」が好きなのか、「書いている自分」が好きなのか』

「書くこと」が好きなのか、「書いている自分」が好きなのか
 過去に何度か書いたことがあるけれど、私は「書くこと」が特に好きなわけではない。本を読むのは昔から大好きだったけど、このブログを始めるまでは...

 星井七億さんのnoteを読んで、とてもギクリとしたと同時に、自分が感じていた変な後ろめたさのようなものを正確に言い当てられたような気持ちになったのを覚えている。「書くことが好きなのではなく、書いている自分が好きなだけだ」というフレーズは、文章を書くことに対しての執着を持たない自分に突き刺さった。

 それでもこうして今も細々と書き続けているいちばんの動機は、「自分の納得するものが未だ書けていない」からであり、そういったものを書きたいという欲求があるからである。

『人は、自分ができないことほど他人に強要したがる』

人は、自分ができないことほど他人に強要したがる
 少し前の話。  発売されたばかりの村上春樹の新刊を読んでいると、Kという友人からLINEのメッセージが届いた。 「今からちょっと電...

 伝えたいメッセージは変えずに、ストーリーを大きく作り変えて書いたもの。なんだかフィクションを書いているような気分になったのだけど、それが思いのほか楽しかった。こういう書き方もできるんだなと、新しい発見だった。

『生きとし生けるすべての者へ』

生きとし生けるすべての者へ
 Mさんと出会ったのは、私が初めてアルバイトを始めた居酒屋でだった。高校に上がったら絶対にバイトをしようと決めていた私は、実家から自転車で1...

 このエントリは何日もかけて書いたし、内容が内容なのでいちばん記憶に残っている。でも、自分の親しい(かつてそうであった)人の死について、ブログのような不特定多数の目に触れる場所に書くことについては、後ろめたい気持ちもあった。なんとなく、礼を失している気がしたからだ。

 でも、彼の死に触れ、自分が今まさしく感じていることを、きちんとした文章で残しておきたいという思いで書ききった。書いている途中で涙が溢れたけれど、書けてよかったと思っている。

『何も成し遂げないまま人生の時間がただ過ぎていく』

何も成し遂げないまま人生の時間がただ過ぎていく
 23歳のときにおれは『限りなく透明に近いブルー』を書いたと、わたしは23歳の編集者に言う。だからお前は若くも何ともない、23歳なのに何...

 単に、自分の中にあるドロドロとした感情と、生というものに対する漠然とした不安や焦りを吐露しただけの文章なのだけど、意外と共感を得たみたいで驚いた。ちなみに、今も同じようなことをずっと感じている。

『日常と非日常の往復こそが旅である』

日常と非日常の往復こそが旅である
 11月初週の金曜日から翌月曜日にかけて、沖縄旅行に行ってきました。30年近く生きてきて初めての沖縄だったわけですが、同じ日本でもこ...

 去年の11月に初めて沖縄を訪れ、そこで感じたことを書いた。それまで自分にとっての旅とは「日常からの逸脱」であり、旅の終わりとは同時に「日常への回帰」を意味していた。ずっと旅を続けられたらどんなにいいだろうと思っていたけれど、この沖縄旅行では「日常に戻るのも、それはそれで楽しい」と思うことができた。それは自分にとってとても新鮮な感覚で、新しい発見でもあった。

『2015年 いちばん記憶に残った旅』

2015年 いちばん記憶に残った旅
 11月に沖縄に行ったり、師走とは思えないほど暖かい日が続いたりで、年の瀬が迫っているという実感がまったくない。まったくないけれど、今年も残...

 2015年の旅の統括。海外には行けなかったけれど、それを補って余りある体験をすることができた。今年はどこに行こうか。

***

 自分の力作はあまり読まれず、イマイチだと思ったエントリがよく読まれる、というのはブログあるあるでよく語られることだけど、やっぱり自分が「これだ!」と思ったものを読んでもらえることがいちばん嬉しい。

 今年はそういった、「自分も読者も満足して読める文章」というものを目指して書いていきたい。

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