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いま自分が見ている世界が全てではないと知ること

 何かに行き詰まったり、嫌なことがあったり、解決の糸口が見つからない時などは、まるでこの世の終わりかのような絶望感に囚われることがある。大げさではあるとどこかで理解しながらも、あまりに目の前のものごとしか考えられないときは、冷静な判断ができなくなり、必要以上に自分を責めてしまったりする。

 そういったときに大切なことは、「いま見ている世界がこの世のすべてではないのだ」という事実を理解することだ。少し視点を変えれば、自分の抱えている問題はとても小さなことだと気付けるかもしれない。新しい選択肢だって見つかるかもしれないし、そもそもそれは問題ですらなかったのだと理解できるかもしれない。

 いちばん良くないのは、ものごとのほんの一部分だけを見て、その小さな世界が全てだと思い込み、塞ぎこんで潰れてしまうことだ。当たり前の話だけど、あなたが知っている世界よりも、あなたが知らない世界のほうが多いのだ。ほんの小さな世界の常識に囚われ、ほんの小さな世界しか知らない人たちに脅かされ、ほんの小さな世界の中で「これが全てだ」と思い苦しんでしまうこと。これは、とてもしんどいことだと思う。

 だから、目の前の状況に立ちすくみ、どうしていいのか分からないときには、とにかく「外の世界」に触れてみることだ。例えば、「知らない土地に行ってみる」というのもその手段のひとつだ。僕が旅行が好きなのも、自分が知らない世界に触れることができる、というのが大きな理由のひとつだったりする。

 知らない土地に行くと、そこに暮らす人々の様子を伺うことができる。その土地特有の匂いや(その土地ごとの匂いというのがあるのだ)空気、そこで当然に営まれている「生活」の断片を感じ取ることができる。
 そうやって見たことも聞いたこともない外部からの刺激を受けることで、僕は「こうであったかもしれない自分」を想像し、疑似体験することができる。ここで暮らすならどんな仕事について、どこに住み、どんな生活を送るだろうかと、シミュレーションするのだ。そして、それを実行に移すことは、本当はそんなに難しくないのだと知る。それは、自分に不思議な開放感をもたらしてくれる。

 こういったことは、ひとつの場所に留まっていてはなかなか体験することが難しい。だから、少しでも「今とは違うこと」をやってみることで、自分の視界を広げてみる。どこか遠くへ行くのが難しいのなら、例えば通勤ルートを変えてみるとか、朝起きる時間を変えてみるとか、そういった些細なことでもいいと思う。

 今の仕事が嫌なのであれば辞めたっていいし、この街が好きでないのなら引っ越したっていい。大切なのは、「いざとなれば、そうしたっていいんだ」という感覚を自分の中に持てるかどうかだ。

 いま見ている世界が全てだと思い込んではいけない。あなたはいざとなれば、何をしたっていいし、どこへ行ったっていいのだ。

20160702

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