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1年間毎日ランニングを続けた結果

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 生来の飽きっぽい性格のおかげで何かと挫折しがちな僕が何かを継続できることなんて本当に稀なことなんだけど、先月の9/24で365日毎日ランを達成した。もともと「1日も欠かさず走るぞ」と意気込んで始めたわけではなくて、たまたま3週間ほど欠かさずに走れていた時期があったので試しにどこまで続けられるかやってみようと思って始めた。3ヶ月くらい続けたあたりで、少なくとも1年は毎日走ってみよう、走れるかやってみようと思い、その時点で「1年間毎日欠かさずに走る」というのを目標に掲げた。

 毎日ランを達成した率直な感想としては、そこまで感動するものでもなかったのだけれど、それなりに感じたことや気付いたことがあるので書き残しておこうと思う。

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意識的な行動を毎日続けるのは相当に大変だった

 まず、当たり前といえば当たり前かもしれないが、何かを毎日欠かさずにやり続けるというのはすごく大変なことである。例えばこれが、歯磨きや入浴などの生理的な習慣活動であれば、人は意識せずとも続けられる(歯磨きや入浴をうっかり忘れてしまう人はなかなかいないだろうから)。でも、それ以外の意識的な行動(明確な意図と意思を持って行う活動)を1日も欠かさずに続けようと思うと、これは相当に骨の折れる作業だった。

 例えばランニングだと、服を着替えて靴を履き替え、実際に外に出て身体を動かす必要がある。もちろんそのための時間も確保しなければならない。そしてなにより、実際に走らなければならない。あなた好きでやってるんでしょうと思われるかもしれないが、いくら自分が好き好んでやっていることとはいえ、こういったなんやかんやを日々の生活リズムの中に漏れなく織り込むのはそう簡単なことではない。

 だから、途中からはもう意地になってやっていた。少なくとも1年はやり続けるって決めたんだから、雨が降ろうが雪が積もろうが台風が来ようが、何が何でも毎日走ってやるぞと思ってやっていた。例え1kmでも2kmでもいいから「走った」という事実だけは残そう、これは自分に課せられた義務なんだと。

 自分でも「バカだなあ」と思わなくもなかったが、そうでもしないことには継続できなかったし、ある程度は「正気の沙汰ではない」状態に持っていく必要があった。

旅先で走るという楽しみができた

 毎日走るとなると、「明日から1泊2日で旅行だからランニングは休み」というわけにはいかない。当然の話である。どこにいようと誰といようと、きっちり日課をこなす必要がある。だから、旅先にもランニングシュースとウェアを持っていき、その旅先で走るようにした。福岡でも走ったし東京でも走ったし沖縄でも走った。仕事でパキスタンに行ったときも走った。

 旅先を走ってみると、徒歩で回るのとはまた違った景色に写るのが印象的だった。視界に入ってくる情報のスピードが変わるからか、脳も俯瞰されていく感じがした。荷物は少し増えてしまうけれど、「旅先で走る」というのは自分にとって新たな楽しみとなった。出発前に、どこで、いつ走ろうかと考える時間はなんとも楽しいものだ。

 今月末には広島に行く予定があるので、そこでももちろん走ろうと思う。

何かを習慣化することへのハードルが下がった

 最初に書いたとおり、何か新しい習慣を自分の生活に取り入れようとするのは簡単なことではない。だからこそ、今回の毎日ランを達成できたことは自分にとって少なからず自信に繋がった。自分もやればできるんだと思えたし、きっと「毎日走る」ことによる身体的な効果も得られているんだと思う(実感はあまりないけど…)。

 そうやって実績を作ったことで、次に何か新しいことを始めようとなったときでも、とっつきやすくなったというか、心理的なハードルがぐっと下がったように思う。もちろん、ランニングは自分に「合っていた」部分も大きいので、すべてに対して同じようなアプローチが通用するわけではないが、困難さを知ったことによって「どう取り組めばよいか」をより意識的に考えられるようになった。

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 変な表現だけど、最近はもうランニングを「続けている」という感覚はなくなってきた。ランニングはもう完全に自分の生活の一部となっているので、「頑張っている」という意識もないし「運動をしている」という実感もない。ただ自分にとって必要なことをやっている、という感覚に近い。
 だからたまに友人から、「まだランニング続けてるの?」と聞かれると、「まだ歯磨き続けてるの?」と同じようなニュアンスに聞こえてしまい、「まあ、そりゃあ…」と変な感じがしてしまう。それくらい自分にとっては、走るという行為が自然なものとして身についてしまっている。

 当初の目標であった「1年間毎日走る」を達成した今でも、毎日ランは継続しているし、これからも毎日走るつもりではいるけれど、以前のように「何が何でも」という気負いのようなものはなくなった。というのも、最後の方は「続けること」に囚われ過ぎて中身がおろそかになっていたと感じるからだ。もう少し走りの質にも意識を向けて取り組んでいかなければならない。
 だから、どこかのタイミングで毎日ランはストップしてしまうかもしれないし、環境的・物理的に継続できない状況がやってくるかもしれない。

 でも、ランニングをやめることはないと思う。少なくとも自分の身体が健康である内は、これからもずっと走り続けようと思う。

※ランニングに関するエントリはこちらから。

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