「このままでは自分はダメになる。どこがどうダメなのかは分からないが、ダメになるということだけは確かだ。」
どうしてかは分からないけれど、いつもこんな風に考えてしまう。
「このままではダメだ。変わらなければ、何か行動しなければ」という、変な強迫観念にずっと取り憑かれている。前にも似たようなこと書いたことある気がするなと思ったら、やっぱり書いていた。
参照:『現状に満足してしまうことが、いちばん忌避すべきこと』
私はおそらく、自己評価というものが、極端に低い。自分で自分のことを、なかなか肯定することができない。いつも、「こんなんじゃダメだ。もっと何かあるだろう」と、自分を否定的にしか見ることができない。
だから、「自分のことが大好き」という人を見ると、純粋に羨ましくなる。自分のことを愛せるっていうことは、きっと素敵なことなんだろうなと。
そういう人たちは決して、自分が「完璧」だから自分のことを愛せているのではない。そうではなくて、いいところも悪いところもあるけれど、そんな自分が大好きなのだ。だから私は、そういう人たちを見て「自意識過剰だな」なんてまったく思わないし、それはある種の「才能」だとさえ考えている。自分を愛せる才能。
では、自分のことをまったく肯定できないでいる私は、不幸なのだろうか。惨めなのだろうか。
苦しい、とか、めんどくさい、とかは思ったりもするけれど、不幸だとも惨めだとも思わない。なぜなら、「自分にまったく満足できない」という事実が、私にとって強烈なモチベーションになっているからだ。今のままでいること、現状を維持し続けるということに、嫌悪感すら感じることがある。それはすなわち、「今の自分に満足してしまうこと」であり、それは私がもっとも忌避すべきことだと考えているからだ。
今のままでいたくない。何かを変えたい。変化したい。
それが、私が日々を過ごす上でのモチベーションとなる。旅に出ること、走ること、文章を書くことといったことは、そのモチベーションが具体的な行動として表れたものだ。
「自分には決定的に何かが不足している。それが何かはわからないが、不足していることは間違いない」
ふと考える。私が、この強迫観念と自己否定から開放される日は来るのだろうかと。
もし来たとしたら、そのとき私は何を思うのだろう。