先日、以下のエントリで紹介した村上龍の『自由とは、選びとること』という本。
この本の中で、村上龍が「成功者の定義」として以下のように述べている。
わたしは、以前『人生における成功者の定義と条件』という本の中で、「生活していけるだけの収入と充実感が持てる仕事を持ち、かつ信頼できる最小の共同体(たとえば家族)に帰属していること」と成功を定義しました。
厳密には過去の著作からの引用なのだけれど、この文章はとても印象に残った。
「生活していけるだけの収入と充実感が持てる仕事を持ち、かつ信頼できる最小の共同体(たとえば家族)に帰属していること」
「成功者」と言うと、もっと華やかなイメージを持ってしまいがちだけど、小説家として紛れもない「成功者」である村上龍が言うと重みがある。シンプルだけど、ものすごく的を射ているというか、的確だ。
だが、これは裏を返せば、”生活していけるだけの収入と充実感が持てる仕事を持つこと”も、”信頼できる最小の共同体(たとえば家族)に帰属すること”も、現代においては容易ではなくなったという風にも受け取れる。
実際、村上龍のこの発言は、「十分な収入は得ているが、仕事にやりがいを見出せない」という読者からの相談に対する回答の一部である。これに対し村上龍は、「ある程度の収入が保証された仕事を持ち、心身共に健康を維持できている。それだけで現代においてはポジティブだ」と続けている。
自分の置かれた境遇、現実に対して、100%満足できている人は少ないかもしれない。「もっとこうなればいいのに」と、不満を募らせている人は多いだろう。私も、以前書いたことがあるけれど、現状に満足できないと感じることが多々ある。
ただ、村上龍の言うように、生活していけるだけの収入が得られて、健康な身体を維持できているということは、それだけですでに”ポジティブ”なことなのかもしれない。
何も「現状に満足せよ」という意味ではなくて、「自分が思っているほど悪くないのでは?」という視点を持てるかどうかということだ。
「自分は、自分が思っているほど悪くはないのかもしれない」
そういう肯定感が持てるようになると、いろんなものごとをポジティブに捉えられるようになり、自然と解決策を見出だせるようになるのかもしれない。